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短編:【さぁ声出して行こう!】

「ストーラィ!ストーラィク!」
親指を突き上げたり横に出したり。
「ボー!ボール!」
早く言ったり緩急をつけたコール。

緑地公園と交差する道の、橋下にあるバイパス。ここは私の聖域。私はここでたまに大声を上げる。週に1度程度、誰に注意されることも、通報されることも無い。

先日も土曜の昼前だったか、母親と歩いていた少年が私の真似をして「ストライク!」とやって見せた。母親は慌てて「練習の邪魔だから…」と、一礼だけして背中を押して通り過ぎた。
練習?いや私は審判員でもその試験を受けるつもりもさらさら無い。単に合法的に怒られること無く大声を上げてストレス発散をしているだけなのだ。

最初にこの聖域に気付いたのは、ここに越して二カ月程過ぎた頃。初めに見たのは若い漫才コンビらしき二人が、この暗いバイパスで、声を張り上げている姿だった。このバイパスは陽が差し込むこともないため昼間も暗く、照明も無い。しかし風通しは非常に良く夏の日中などはひんやりしていて居心地が良い。そして夕方には閉まってしまうため、昼頃から練習をして、居酒屋に行って反省会、といったコースには最適だろう。その若いコンビは、夏場の間と、秋の始まりまで姿があったが、冬にはその姿を見かけなくなっていた。解散してしまったのか、他の練習場をみつけたのか、少なくとも、あのふたりをテレビで見たことは無かった。

他にも、縦笛を演奏している小学生もいた。たぶん、トランペットみたいな大きな音では反響がうるさいのだろうが、繊細な音色の管楽器ならば、この場所はちょうど良いのだろう。時たま、一曲演奏した所で拍手をしている通行人もいたりした。

つまりは、ちょっとした練習をするには、とても重宝するという場所なのだ。
繰り返すが、審判員でも、試験受講者でもない。
そんな私が審判もどきの練習をしているのか、ということに触れておく。ずばり単に、大声が出したかったのである。別に地方活性化企画の大声大会に参加したいという願望も持っていない。良く深夜にヘッドホンをつけながら自転車に乗って、熱唱して通り過ぎる若者や、車道の橋を渡りながらワーッと叫ぶ人を見かけるが、それはそれで、ちょっと迷惑な行為である。いくら車で窓を締め切ってプライベートな時間だったとしても、なんとなく精神的には宜しくないように感じる。

健全な精神に健全な肉体が宿る。何かどこかで聞いたような格言。ならば、剣道などの竹刀を振って大声を出せば良いではないか。私は別にスポーツをしたい訳ではない。どちらかと言えば運動は苦手な方で、逃げる子供を追いかけて捕まえるなどは基本したくは無い。素直に大声が出したいだけなのだ。ではひとりカラオケで唄えば良い?何故声を出すのにお金を払い、飲みたくもないビールをグビグビ飲んで、「…あ〜あのお客さんまたひとりで来ているよ…」と陰口を叩かれなくてはいけないのか!?

話が横道に反れたが、少し前にたまたま入った居酒屋のテレビに、日本人大リーガーが活躍している野球中継が映っていて、私はその大リーガー選手にはなれないが、それよりもあの大歓声の中、通る声で自信たっぷりのジャッジをする審判の姿に感銘を受けたのだ。同様にサッカーや柔道などもあるかと思うが、サッカーは笛を使うし、柔道は言ってもそれ程広い会場ではない。旗を振ることでも意志が伝わる。野球場は、あれだけ広い場所で拡声器を使うこと無く大声が出せる。実に私向きの大声マイスターである。

これだ…!
そこからは、このバイパスの情報収集である。何曜日の何時頃ならば「他の練習」と被らずに、使わせてもらえるか。そして一番良いのが、土曜の午前中であると気がついた。しかし季節によっても変わってくる。夏休みシーズンは、早くから子供達が遊んでいたり、春のお花見シーズンは保育園の一団がお散歩コースとして一休みする場所にもなっていた。それでも何とか、週に1度程度は、我がストレス解消の舞台として利用させて頂いていた。

ある時、普段ほとんど通ることのない、制服姿の警官が二名やってきた。
「ご苦労さまです〜ちょっと宜しいですか?」
ご苦労さま?…宜しく無い…など言えるはずもなく…
「練習中、スミマセンね。あの、審判をされているんですか?」
「…いや、その…まぁそう、テストがありまして…」
「そうですか」
特に私の行動や職業を注意しに来た訳ではなさそうで、どちらかと言うとあまり関心が無いようだ。
「実はですね、この公園の先で、園児の誘拐未遂事件が発生しまして…」
「誘拐未遂?」
「幸い、園児が大きな声を出したことで容疑者は逃げたようでして…」
「なるほど…」
「他にも似たような案件が頻発しているようで…まあ幸い、防犯ブザーを鳴らしたり、走りが早かったりと、事件にはなっていないのですが、周辺住民の皆様から要請がありまして…見回りの強化も行っている次第でして…」
「なるほど」
「それで近所の方にも聞き込みをしましたら、アナタがこちらで毎週のように…その…」
「そう審判の練習をされている声が聞こえていた…と」
二人の警官は、何か奥歯にモノの挟まるような物言いで、代わる代わる言葉を変えて質問をして来る。
「ですので、何か怪しい行動をしているような人物を…その…見たことはないかと思いましてね」
「怪しい行動?」
何だろうか。自分の行動は十分怪しいが、この警官は何を聞きたいのだろうか。
「さあ、心当たりはありませんけども…」
「先程、テストがあるとおっしゃっていましたが、どこのどのようなテストでしょう?」
「…いや、そのテスト…というか」
全部話して開放されよう…
「そう少年野球です。…町内の野球の…」
警官のひとりが少し離れて行く。
「ゴメンナサイ、正直大声を出したいと思って、その…」
「…怪しいですね」
離れた警官が視線だけは私に向けたまま、肩に付いた無線を使い何かを小声で喋っている。

「…本当は、ここで何をされているのでしょうか?」
「何って…だから大声を…」
「実は、先日だけでなく、何度か未遂で起きた案件について、監視カメラを調べてまして…知ってますか?このバイパスにも2台のカメラが付いているんです」
気が付かなかった。
暗い金網の奥の方、見ても解らなかった…
「最近の防犯カメラって優秀で、解像度も感度も高くてですね、こんなに暗くてもしっかり映るんですよ…ここをひとりで通り過ぎて歩く園児も、その後をついて行くアナタの姿も…」

何だ全部バレていたのか…
「ストレスが溜まっていたんですよ!そうです、いたずら目的でしたけど…そんな勇気もないし…」
「ストレスが溜まっていたからって、何をしても良いってことにはなりませんよね…」
「だからこうやって大きな声を出すことで発散していたけれども…未遂ですよね!」
「未遂だからって、許させることでは無いですから…」

必至に釈明しているその時、あの母親と少年がバイパスを通って来た。ニコニコした男の子と、私の目が合った。少年は親指を立て大声でアクションをする。

「アウト〜!」
母親は慌てて「やめなさい!」と制して、一礼し通り過ぎた。
状況の解らな少年のお茶目な行動。
私はヘラヘラ笑うしかなかった。
やっぱりちょっと自分は壊れているのだろうか。

「アウッ!」
応援で駆けつけた警察官に囲まれて、そのまま任意で連れて行かれた。

     「つづく」 作:スエナガ

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