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短編:【隣】

「ママ、見て!落とし物!」
「落とし物?…じゃないわね」
「ケーサツにとどけないと!」
「なんだろうね…あ!触っちゃダメよ!」
最近、公園や街の中で、こうしたバッグを見かけることがある。
「ちょっとパパに…」
写真を撮って、ショートメールで送る。
「あ、パパから…」
会社のパソコンで検索してくれたようだ。

『格安ポスティング業者』

これはどうやら、家やマンション・集合住宅などのポストに入っている、ビラやチラシ広告を投函する業者が置いていることがわかった。
「え、これ…ここに置いてピックアップするのは合法なの?」
「ゴーホー?」
「あ、ううん…ルールちゃんと守ってるかな?ってこと」
最近の集合マンションなどでは“投函禁止”などの意思表示をしており、それでも投函を続けると、住居侵入になりかねない。他にも風俗営業法やクレームによっては、十分問題があるように思われる。
「…手錠かけられてるね!」
「手錠?」
確かにこうした荷物は、勝手に持ち去られないように、自転車などで使われる暗証番号を使った錠が付いている。子どもの発想は素直で奥深い。

最近は良く見ると、民家の横にもこうした錠が付いていることに気づく。自転車を放置する際に盗まれないために。または、撮影などで使うレンタルハウスの玄関。自分や知っている人しか外すことのできないカギである。

価格を安くするための施策。なのかも知れないが、こうして子供が遊ぶ公園に、何が入っているのか好奇心を持たせてしまうようなモノを放置するやり方は、正解なのだろうか。
『安くやりたいんだろ?』
『誰も持って行きやしないよ!』
『見てない見てない!問題ないって!』
そう言いたげな存在感。10年前の日本では考えられなかった光景。

「これ、何が入っているの?」
「これね、チラシとかを届けたい人が置いているみたいだね…」
「開けてみていい?」
「ダメダメダメダメ!誰が触ったかわからないでしょ!?気味が悪い!」
実際、中にどんなチラシがあるかもわからない。格安ポスティング業者と、文字で読んでしまったこともあるが、どう考えても正規な、ちゃんとした企業の広告ではないような嫌悪感。
「ウチのポストにも良く入ってるでしょ?取り出してすぐにゴミ箱に入れちゃうチラシ…」
「こんなに大きいの?」
「そうだね、たくさん入っているんだろうね…重そうね…」
ポスティングする人が取りに来る。この重そうな2つのバッグを担いで、すぐにゴミ箱に捨てられてしまうチラシを一軒一軒ポストに入れて回る。住人と会っても挨拶することなく…知らん顔して敷地に入って。そんなイメージが見える。

「でもさ、わかんないよ、このバッグの中にいっぱいお金が入っているかもよ!?」
「え!?」
昭和ならまだしも、時は令和である。業者や職種が検索できる時代に、そこまで大胆な施策は有りえないだろう…母親としてはキッパリと否定しなくていけない。
「そんなことはないわよ…」
また脳裏に『格安ポスティング』と浮かぶ。
「でもさ、これ全部お金だったら凄いよね…」
「凄いだろうね…」
子どもの言葉だとしても、想像をしてしまう。
「これ、すぐ捨てられるチラシだって、デザインする人がいて、印刷する人がいて、こうして配る人だっているんだよね…」
子どもに言うでもなく、独り言が出てしまう。それは無駄なお金、ではない…

日本では昔から、年度末、無駄なお金を使う。道路を掘り起こして、埋めて、また掘り起こして。そうすることで仕事を作って、誰かが潤い、誰かが助けられてきた。

「宅配便なの?」
「宅配便…じゃないかな…」
頭の中では『置き配』という文字が浮かぶ。玄関の前に勝手に置いて行く。しかしそれは、オートロックの集合住宅や、門のある住居なら良いが…
「でもこういう文化が増えたのかもな…」
「ブンカ?」
どんどん変化を遂げる国のカタチ。求められるビジネスのスタイル。大手の企業だけではない。地元に出来た小さな商店が、できる限りコストをかけずにチラシを作りたい。多くの人に告知したい。だから生まれた『格安ポスティング』という文化。

「でもさ、このバッグの中に、首とか入っていたら怖いよね…」
「く、首…!?」
子どもの空想力には感服する。現代では、小説より奇なりの現実が続出している。何気なく見たテレビ報道の情報がインプットされてしまうことだってある。確かに昔のホラーでもあった。首だけになっても生き続ける映画が。
「はぁ…でもそうだね…わからないから怖いのかもね…これまで無かった文化が知らない所で拡がっていて、知らないから不気味で気味が悪くて…」
ちゃんと使う人もたくさんいるはず。便利だと感じている利用者もいる。そのチラシをありがたいと思う人もいるかも知れない。価値観と知る勇気。

「ちょっとだけ開けてイイ?」
「ダ・メ・で・す!」

その昔、暮らしのすぐ隣に妖怪の世界があると思われていた。云うことを聞かない悪い子は、連れて行かれるぞ!と。いまは知らないという現実的な怖さと隣り合わせなのかも知れない。

     「つづく」 作:スエナガ

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