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短編:【ガラパゴス】

「先輩…もう限界です!」
今年入社の新人さんが、1ヵ月も経たずに愚痴りだしている。
「なになにどうした?」
教育係の私は、愚痴を聞いてあげるのも仕事である。とはいえ、たかだか3年前に入社した私も、いまの会社に不満がない訳では無い。会社からちょっと離れた小洒落たカフェで、新人の彼女とランチを摂っている。

「この会社!もう終わってますよ…」
「なに、課長になんか言われた?」
「課長だけじゃないです!部長もそうだけど…完全にガラパゴスですよ!ガラパゴス!」
「ガラパゴス…」
最近は聞くことが減ったように思うガラパゴス化現象。隔離された状況から生み出された奇跡の島。
「ローカルルールばっかり!業界用語もさることながら、会社内だけで話をしている内容が全くのチンプンカンプン…。たぶんですけど、この会社辞めて他に行っても、何にも役に立たない気がするんですよね!」
一気に色々言われたのだろう。会社に入るというのはそういうことである。チヤホヤされる最初の1週間はまだ良い。理想に胸踊らせ、2週、3週と経った所で、想像していた姿とのギャップに打ちひしがれて、初回の給料をもらうころには苦労と報酬の反比例に心が挫折する。
「上司のオジサン達は明らかに珍獣ばかり!もう、一緒の空気を吸うのも厳しいです!」
アニメ表現なら目がグルグル回っているような表情。
「辞めたくなった?」
「いや…まだ1ヵ月ですし、私が不勉強なのかも知れないし…何より先輩は優しいから救いなんですけど…」

ランチに付いているアイスコーヒーが運ばれてくる。最近はストローが無い。一口飲んで話をしてみる。
「ね、知ってる?さっき言っていたガラパゴス…そのガラパゴス諸島ってね、…実は2万人以上の島民が住んでいるんだって!」
「え!そうなんですか!?」
「ガラパゴスってひとつの島じゃなくて10個以上の小島とか岩石から出来ている群島のことらしいのね」
「あー私、無人島で動物だけがいるんだと思ってました」
「ね〜、私もそう思ってたのね」
「先輩、物知りなんですね!」
「ううん…これさ、人の受け売りなんだよね」
「受け売り…」
アイスコーヒーをさらに一口。ストローがないので会話が分断されることが多くなる。
「え、誰に教わったんですか?」
「実は課長なの!」
「え〜〜〜〜、あの課長が!?」
「そもそも課長が私の教育係だったの、もちろん当時はヒラだったけどね。で、さらにこのお店も課長に連れて来てもらったの、ちょっと会社から離れているからイイって」
「ウソですよね?あの課長が…?」
「人に歴史あり、島にも歴史あり。それを知ることで見えてくることもあるんじゃないかな?」
彼女もやっとアイスコーヒーに口を付ける。

「会社にいる先輩達も、またその先輩達に教えてもらって、何周も先を行っているから、もしかしたら宇宙人とか未来人みたいに見えるかも知れないけれど、それはその仕事のプロになっているから、入ったばかりのみんなには意味が判らないのかも知れないけどね」
「確かに…」
「ガラパゴス諸島だって独自の進化をしたって言われているけれど、そこに住んでいる人はそう思っていないかも知れない。そこで生きることに必死だったかも知れないし…」
「確かに…」
「それを他人が揶揄するなんてナンセンスでしょ?」
「…そうですね…」
アイスコーヒーを飲み干す。
「けどね、私も最近、部長の指示にイラッとすることがあるのよね!それはアナタの意見でしょ!?みたいな…」
「いやあ、それは先輩がこの会社で学んで来たから、自分の考えが明確にあるための衝突ですよね…」
「そうかもね〜、ある意味、私もガラパゴスの島民ですから!」
「…ゴメンナサイ…そんなつもりで言ったんじゃ…」
「ウソウソ!大丈夫!私だって別に、部長や課長の味方ってワケじゃないし!島固有の珍獣も色々いるから。…まだ1ヵ月。この島で頑張れるか決断するのは早すぎるんじゃない?せっかく辿り着いた漂着地なんだし」
「…そうですよね」
「ちなみにね、本当のガラパゴス諸島、行こうとしたら20時間以上かかるらしいよ」
「え〜行くだけでまる一日ですか…」
「就職活動だって、時間かけてウチに入ったんでしょ?もうちょい楽しんだら?動物園にいると思って…」
笑顔が戻る。
「ガラパゴスは珍獣ばかりじゃないんですね!」
「わかんないわよ〜私も珍獣になっちゃうかもよ〜」
「え〜そうしたら私も珍獣候補生ですね〜」

先人の知恵。ふたり笑って、会社へ帰還するのであった。

     「つづく」 作:スエナガ

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