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短編:【普段着のままで】

いくらどんなに取り繕ったところで、中身が伴わなければ仕方ない。逆に中身がどんなに素晴らしくても、キレイに着飾らなければ気づいてもらえないこともある。

「お見合い…ですか?」
彼女はずり落ちそうなメガネを直して聞き直した。
「いえね、知り合いの方の御子息なのよ…もうね、本当に素敵な人でね…」
おばさんは付き合いでしょうがないとでも言いたげに応えた。
「はぁ…」
今どきはマッチングアプリもあれば、出会い系もある。
「そんなに気合いを入れずに、ホント、普段着でいいの!ね、だから…」
冠婚葬祭、結婚式やパーティーでも『普段着でお越しください』を信じてはいけない。だれもが正装で一定レベルの気遣いが重要視される。

「本日は本当にありがとね」
当日は、快晴に恵まれて、先方もご両親と息子さん、こちらは声をかけてくれたおばさんと私。着物ではないものの、落ち着いたスーツで参加した。
「本当に気立ての良いお嬢さんで…」
緊張をしているのか、息子さんは無表情で、ご両親はニコニコと愛想の良い笑顔を浮かべていた。

「コーヒー、お好きですか?」
「え?ええ、まぁ…」
定番の『あとは若い方同士で…』の合図で中庭を散歩していた最初に一言だった。
「カフェインを控えてらっしゃる女性もいらっしゃるので…」
「そうですね、友達にもいます」
「コーヒーって不思議ですよね。濃いモノは喜ばれるけれど、薄いと文句を言われる…」
「そう…ですね。でもお茶でも味噌汁でも、濃い薄いはお好みのように思いますけれど…」
「ああ、確かに。混ざり合うものすべてが、濃いの薄いのって話がでますよね」
「はぁ…」
このひとは何を言いたいのだろう、と後を追う背中を見ながら思う。

「濃い薄いで言うと…」
まだこの話題をするのか、と後頭部を見ている。
「血、ですよね」
「ち、ですか?」
「血液の血です。血の濃さ。血筋です」
「血筋…」
「血統です。ほら、犬などのペットでも、血統書がありますよね。人も同じで、どんな祖先で、どんな家系の、どんな血が流れているのか…」
ずっと前を向いて話をしている目の前の男性が、何だか怖い話をしているようで、その話題がどんな方向に向かうのかが恐ろしくなってきた。
「もともとウチは名家の血筋だったのですが、祖父の代で事業に失敗をしましてね、私の父親の代でかなり立て直しましたが、私もその家業を継いで頑張らなくてはいけない。ですからこれまで、なかなか良い出逢いが無かった…」
なるほど、だから結婚をしたいわけだ。とても立派な衣服を着ており、愛想の良いご両親。一回のお見合いでは、この縁談が私にとって朗報なのか、将来の姿も見えてこなかった。

「あの…私の家系は、至って普通で…」
「はい存じております。失礼ながら、少しばかり調べさせて頂きました。とても人柄が良い方だと、おばさまからお話を伺い、まずお会いしたいとお願いを致しました」
「そうですか…」
「実家を離れたくないと遠い場所でお住まいのお母様も高齢だと言うことも知ってます」
「…そうですね」
「御本人がよろしければ、我が家にお呼びして一緒に暮らして頂いても良いと考えております」
そんな言葉すらも、前を向いて私の方を見ていない。
「つまりは、名家の血筋を残すためなら、さまざまなことは目をつぶって、とりあえず結婚をしたい、ということでしょうか…?」
男性は、はじめて振り返り、私の顔を見た。

「あ、申し訳ありません!そんなつもりでは一切無くて…」
はじめて感情的に狼狽え、必死に言い訳をしている。
「失礼しました、そんなことを言いたかった訳ではなくて…。正直に言いますと、はじめてアナタにお会いした時から、とても素敵な方で、事業を失敗し立て直しの道半ばの我が家にお越し頂いても、どれだけ『いばらな道』になるのか判らない…血筋の濃さなんて話は、本当に枕詞程度の会話の助走みたいなところでした…」
「…コーヒー、好きです」
「え?」
「会話を巻き戻しました」
「あ…」
「お部屋に戻って、コーヒー、飲みませんか?」
「あ、はい!」
「コーヒーを飲みながら、これからのこと、お話しませんか?」
「ありがとうございます!…おばさまが言う通り、本当に人柄が素晴らしい!」
「ありがとうございます…ただ、そこばかり褒められてもあまり嬉しくないですね」
「あスミマセン!え〜と…」
「無理して良いところを探さなくて大丈夫です。ゆっくり探して頂ければ…」
「あ…はい」

中身も外見も、特別じゃなくても良い。
普段着の私を見てくれることが大事。普段着の気持ちでいればイイ。

     「つづく」 作:スエナガ

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