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これは完全にウケ狙い / 「女王陛下のお気に入り」

ギリシアで風刺のきいた映画を撮っていたヨルゴス・ランティモスは、2015年に初めての英語の映画「ロブスター」によってカンヌ国際映画祭などで好評を博し、2017年には「聖なる鹿殺し」でも監督と製作と脚本を務めた。どちらも現代社会と人間への風刺あるいは皮肉が込められている寓話のような映画であり、映画祭では概ね好評であるものの、およそ大衆にウケるような代物ではなかった。そこで、脚本を友人のトニー・マクナマラに任せて、監督と製作のみ務めた作品が、2018年「女王陛下のお気に入り」と2023年「哀れなるものたち」である。したがって「女王陛下のお気に入り」は"ランティモスらしくない"、分かりやすい映画である。主演のエマ・ストーンも知名度がある女優だし、レビューの記事がたくさんあることも頷ける。
アン女王(オリヴィア・コールマン)は側近のマールバラ公爵夫人サラ(レイチェル・ワイズ)に頼ってばかりの日々だったのだが、そこへ貧しい貴族の娘アビゲイル・メイシャム(エマ・ストーン)がやってきて、アン女王を巡る三角関係が始まるーー、という、ただの「大奥」あるいは、1950年の映画「イブの総て」の18世紀版である。何か気の利いたことを言いたいのだが、本当にただのレズの三角関係の話である。宝塚歌劇団のファンにウケそうだ。世間にウケが良くレビューも多く書かれた映画だからこそ、僕のような奴が"こんなの大した映画じゃない"という記事を書いておけば、どこかで誰かは"ソウダソウダ"と言ってくれるかもしれない。
ランティモス監督らしからぬ映画ゆえ、調べてみると、もともとの脚本を書いたデボラ・デイヴィスという女は夜間学校で脚本を学び、「女王陛下のお気に入り」の元となる原稿をプロデューサーに持ち込んだという。そのプロデューサーがランティモス監督を紹介し、ランティモスは友人の脚本家トニー・マクナマラと共に仕上げるよう頼んだようだ。ランティモスにしてみれば、自分で脚本を書いても"一般ウケしない"と分かっただろうから、他人の台本で撮ることにしたのだろう。もちろん、個性豊かな監督なので、次回作「Kinds of Kindness」(2024)では脚本に復帰している。僕はこの作品を早く観たい。
エマ・ストーンは「女王陛下のお気に入り」以来、ランティモスの映画全てに出演するようになった。まさに「ランティモスのお気にいり」である。
さて、「女王陛下のお気に入り」ではラストシーンにおいて、アン女王が寵愛しているウサギの悲鳴を聞き、アビゲイルがウサギを虐待していることを悟る。そしてアビゲイルに何も言わないまま足をマッサージさせつつ髪をつかむのだが、こんな分かりやすいシーンを撮ったからこそ、一般ウケに成功したのだろう。NHK大河ドラマか韓流ドラマ並みの、もはやメタファーというより直喩である。
しかしオリヴィア・コールマンの演技は素晴らしく、アカデミー主演女優賞を受賞した。ランティモス、これを撮って良かったね、と言ってあげたい。ちなみにオリヴィアは「ロブスター」にも出演していた。
特に何か余韻が残るわけでもなく、風刺があるわけでもなく、漫画を読んだ後のような気分になる。いや、これは漫画なのだろう。そういう映画をふだんあまり観ないようにしているので、え、これで終わり?という映画であった。しかし、この前年からちょうど MeToo ムーヴメントが巻き起こっていたので、女ばかりのキャストの映画が受け入れられやすい素地もあったのだろう。
原題は The Favourite であるが、観客にとってはまさしくいちばん鑑賞しやすいランティモス監督作品である。

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