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シャーロックじゃないよ / 「チャイナタウン」

もう何度も書いてきたように、1970年代のハリウッドは New Hollywood と呼ばれる斬新な作品がたくさん発表された。前回の記事で取り上げたコッポラ監督の「カンバセーション…盗聴…」が公開された1974年、ポランスキー監督は"探偵モノ"の傑作「チャイナタウン」を発表した。
主演のジャック・ニコルソンはこの前年、「さらば冬のかもめ」に出演している。「シャイニング」や「バットマン」での演技で有名だが、僕はジャック・ニコルソンといえば「チャイナタウン」や「カッコーの巣の上で」を思い出す。

物語の舞台は1937年のロサンゼルスだ。私立探偵のジェイク・ギティス(ジャック・ニコルソン)のもとに、イヴリン・モウレー(ダイアン・ラッド)が夫の浮気を調査してほしいと依頼しに来る。夫のホリスはロサンゼルス市の水と電源を管轄する部門の技術者のトップだった。ジェイクが仕事を済ませると、本物のイヴリン(フェイ・ダナウェイ)が現れ、ジェイクを訴えると言い出すーー。
観ていない人のために、あらすじはここまでにする。
この映画は、20世紀になってからロサンゼルスで実際に問題となっていた上水路と、その利権が絡んだ"カリフォルニア水戦争"がストーリーの下敷きになっている。ホリス・モウレーのモデルとなった人物はウィリアム・マルホランドだ。映画「マルホランド・ドライブ」で有名になったハリウッドの道路にその名を残している。こうした現実の出来事の上に全くフィクションの殺人事件を重ねているので、観客はなんとなく当時の社会問題についても触れることができる。
ポランスキー監督はとにかくテンポが良い。「ローズマリーの赤ちゃん」といい「チャイナタウン」といい、ストーリーをさっさと進めていく。ちなみに、劇中でナイフを持って登場し、ジェイクの鼻の先を切る男はポランスキー監督本人である。
良いスリラーの条件とは、次から次へと謎が出てくる、ということに尽きる。本作も開始早々にイヴリンは偽物だったと判明してから、水の利権が絡むことや、イヴリンの父親ノア・クロス(ジョン・ヒューストン)の関与など、観客は飽きることなく次のシーケンスへカメラと共に移動することができる。ダメなスリラーは、だいたい謎をばらまくだけで、その謎がどのように関連しているのかラストまで分からないようになっている。そうではなく、観客の興味が最後まで続くように、謎が次の謎を呼ぶようにしなければならない。シャーロック・ホームズが今日でも古典として愛されている理由は、飽きさせないからだ。
本作の主人公ジェイクはシャーロックのように華麗な推理をするわけでもなく、天才のような人物でもなく、抜け目のない中年の男である。親しみやすいキャラクターだからこそ観客はリラックスして鑑賞できるし、それもまた New Hollywood らしさと言える。ノワールと呼ばれた探偵映画の雰囲気を残しつつ、ポランスキー監督はそこに軽快なノリを加えた。そのことによって、ラストシーンの衝撃がより大きくなった。
スリラーのお手本のような映画である。

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