惜しいリミックス / 「アザーズ」
惜しいとしか言いようのない映画がたまにある。チリ系スペイン人のアレハンドロ・アメナーバル監督が脚本も務めた2001年の映画「アザーズ」は、まさにボール1個分だけストライクゾーンから外れたような作品だ。
主演はニコール・キッドマン。この映画の翌年に「めぐりあう時間たち」でアカデミー主演女優賞を受賞している。まさにニコールの全盛期の作品だ。
ちなみに、ニコールは「アザーズ」が公開される半年前にトム・クルーズとの離婚を発表している。離縁によって一気に実力を発揮したかのような活躍である。
物語は1945年、ジャージー島の邸宅で始まる。グレイス・スチュワート(ニコール・キッドマン)は、出征した夫の帰りを待ちながら、アンとニコラスという日光に過敏な体質の子供たちと暮らしている。そこへバーサ、タトル、リディアの3人が使用人として雇われる。子どもたちはたまに It did happen (それは起きたんだもん)と口にするものの、グレイスはその会話をしないよう躾けている。やがて邸宅のなかで物音や声にアンとニコラスが気付くものの、グレイスは気のせいだとして取り合わない。ところがグレイスも奇妙な体験をするうちに疑心暗鬼になり、19世紀の死者を撮影したアルバムを発見したことで意を決し、邸宅を清めてもらおうと島の牧師を探しに出かける。すると森のなかでグレイスは夫のチャールズの帰還に出会す。一緒に帰宅するもののチャールズには生気が無く、やがて夫はどこかへ旅立ってしまう。グレイスは3人の使用人の死体が写った19世紀の写真を発見したことで、ついに the others (私たち以外すべて)こそが生きている人であり、自分たち家族と使用人は死者であることに気付く。グレイスは我が子を殺してしまい、自殺したことを子どもたちを抱きしめながら認める。ここは私たちの家よと囁くグレイスたちの見つめるなか、物音や声の主だった入居を希望する家族は去っていき、邸宅は再び FOR SALE (販売中)の看板が掛けられるーー。
まず、上映時間の大半でニコールの姿を撮ることに徹したことで、観客はグレイスと共に邸宅の謎解きに参加する気分を味わうことができる。しかし、それは"謎"が少しずつ明かされていく過程があってこそ成立する手法であり、本作では物音と声がするということの他には特に新しいこともなく、ただ邸内を右往左往するニコールの映像が何十分も続く。これではいくらニコールのファンの僕でも飽きてしまう。ニコールだけに鮮明な映像を用い、フィルターをかけた色調で子どもや使用人たちを処理したことは良かった。
また、it did happen と序盤から子どもに指摘されているのだから、映画のラストになってようやく"気付く"という展開はいただけない。つまり、この筋書きではグレイスは自分が死者であることを知りながら、そのことを認めていないから成立する映画になってしまう。これは設定として"弱い"と言わざるを得ない。it did happen のセリフは削除しておくべきだった。子どもも殺されたことに気付いていない方がラストでの衝撃が大きいし、映画の設定の基礎が強くなる。
映画の冒頭で1945年のジャージー島だと表示したことも、最後まで観てみると、いったい何の意味があったのかと首を傾げてしまう。本作のように邸宅の中だけでほぼ全てのシーンが完結していれば、ジャージー島でもマン島でも同じことである。1945年といえばジャージー島がナチスから解放された直後であり、劇中でも何度かナチスについてグレイスが言及したものの、ストーリーにナチスは全く関わっていない。意味のない詳細は省くべきだ。
グレイスが敬虔なカトリック信者として描かれ、子どもたちが聖書を読まされているシーンが長く続くものの、これは自殺したことへの伏線なので良い。今日ではかなり態度が軟化しているものの、カトリック信者は長らく自殺を"あってはならないこと"としてきた。
僕は映画の中盤くらいまで、邸宅といい死者のイメージといい「シャイニング」のような作品だなと思っていたのだが、似たようなものかもしれない。ただ、本作はいろんな面で惜しいのだ。詰めが甘いと言ってもいい。アメナーバル監督は本作の前、1997年に「オープン・ユア・アイズ」という、後にハリウッドで「バニラ・スカイ」としてリメイクされた映画を監督しているのだが、これはヒッチコック監督「めまい」のリメイクであると本人が語っている。たぶん、アメナーバルという男は撮りたいイメージがあるというよりも、自分の好きなものをスタイリッシュにリメイクすることが得意な、リミックスの上手なDJのような男かもしれない。
「アザーズ」も決して駄作ではない。後半は面白く観ていられるし、特に映像の処理の仕方は良いと思う。スペイン語圏の人たちは映画に向いていると思っているので、新作に期待したい監督だ。
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