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木曜日のお茶会

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創作世界、ポラリスの町周辺のお話たち(の予定)。メインはシュガーとハニーのおしゃべり→ #喫茶談話
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星小人

ちろろ、ちろ。ちろちろ。
雨音が心地よくて微睡んでいたところに、電話のベルが鳴りだした。かけてくる相手もそういないのにと、すぐに動く気になれない。
ちろ、ろ、ころ、ころころ、ころころころ、ころろろろ!
ああ、ずいぶんと長く鳴らされている。わかった、わかったよ、誰だっていうんだ。

「ねえ、羊がいなくなってしまったんだ!」

涙ぐんだ声に、半分寝ていた頭を叩かれる。うーん、と唸りつつカレンダ

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その目に映すものは

「ねぇハニー」
「なぁにシュガー」

「君は、この世界が美しいと思う? それとも」
「醜いと思う?」

「─……うん」
「それはまた、ずいぶんと曖昧な問いかけね。何かあったの?」

「特別に何か、というわけではないんだけど。ただ、少し」
「眠れない夜の命題に思い浮かべてしまったら、殊のほか厄介だった、というところ?」

「お察しの通り、です」
「ふぅん……世界の美醜、ね。一概になんて言えな

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星の飼い方

星の飼い方

しぃぃ、あまり大きな音を立てないでくれるかい。星が驚いてしまうから。

……え、どういうことって?

知らないのかい?
星はね、飼うことができるの。

手に入れるには月光の弱い夜がいい。明るいと縮こまって、隠れてしまいがちだからさ。
てのひらにすぽりと収まるサイズの硝子瓶を用意して、細かく砕いた水晶を入れておくんだ。それを持って、静かな屋外でオルゴールを回しているうち、気がつけば瓶の中

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ふれれば消える、それならば

「ねぇハニー」

「なぁにシュガー」

「夢ってある? 将来の」

「……別に、特には。想像なんてしていけないもの。生きてゆく、自分。だから抱こうとも思っていない」

「……さみしくない?」

「尺度が違うだけでしょう。私はそれでいい。……あなたは?」

「ん、どうだろう……この店を、もう少しなんとかして。なるべく長く続けられたら、とは考えているよ。……手放したり、終わらせたりするには、たくさん引

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幸福のかたち

ぱらり。

うっすらと埃を含み、ほのかに白く濁った空気の中で、ハニーは一冊のノートを開いた。しっかりした革製の表紙。チョコレートに似たとろみの茶色は年月を感じさせる風合いになっており、小さめの手にもやわらかく馴染んだ。端を日に褪せさせたページには、さらさらと綺麗な字が綴られている。
ぱらり、ぱらり。
ふと目が留まったのは、フレンチトーストのレシピが記されたページ。

『卵をひとつ溶きときほぐし

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善良な羊飼いは嘘を吐くか?

眠りが浅かった。ふ、と開かれた目蓋の間からエメラルド色がこぼれる。数度瞬きを繰り返しているうちに、階下からのひそやかな物音が耳に届いた。

「……?」

不思議に思って身を起こす。肌寒い空気にカーディガンを羽織り、シュガーは様子を見るために階段を降りていった。
キッチンの戸の隙間から細く漏れる、やわらかな明かり。

「……ハニー?」
「あら、シュガー。物音には気をつけていたのに。起こし

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届かなくとも。

「ねぇハニー」
「なぁにシュガー」

日中はだいぶ暖かいが、陽が沈めばまだ肌寒い、そんな時期。窓の外に目をやれば、淡い夜の色が降りてきていた。

「もう冬は終わったわけだけど。あの季節を乗り越えて芽吹く植物って、すごいと思わない?」
「……何を言うかと思えば。否定はしないけれど」

ハニーは詩集から視線を上げないまま答える。シュガーはそれには気を留めず、話を続けた。

「どこか東のほう

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すくいあげ、たばねて。

「ねぇハニー」

「なぁにシュガー」

「不確定な未来に対して、今度ああしようこうしようと考えること。日々の中、多かれ少なかれあると思うんだけど、それは無責任なことなのかな」

「約束するということ?」

「うん、要するに」

「責任、ね。そんなに気にしなくともいいのではない? 確かに、誰かに向けたものを反故にするのはよろしくないわ。けれど……約束をすることで繋がる未来だって

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それは祈りにも似て

「ねぇ、シュガー」

「なに、ハニー」

「サンタクロース、信じている?」

「え、それは、流石にこの歳だからね。家には来たこともないし」

「あら。てっきり、枕元に靴下を大切に置いて、わくわくしながら寝ていたのだとばかり」

「ハニー、君、僕を何だと思ってる?」

「希少価値の高いひと」

「何それ。……うーん、でも。他の子どもたちがプレゼントを抱えてるのを見て羨むよ

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たとえば、明日

(なんとはなしに気だるい雰囲気が流れている。暖炉の火勢が少々強く、むっとしていた。空気を入れ換えたほうがいいのではないかと少女が詩集から顔をあげたとき、少年が立ち上がり窓を開けた。吹き込む風が部屋の温度をかくんと下げるが、火照り気味の肌には心地よい。しばらくしてほどよい温もりになったところで少年は窓を閉める。そのまま考えるような間を置いて、口を開いた。)

「ねぇハニー」

「なぁにシュガー

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小さな世界の守り方

「どんなに力を尽くしても世界が変えられないんだ」

「……突然、何を?」

「そうして無力さに打ちひしがれていた人がいたな、ってふと思い出してね。
正義感が強くて曲がったことが嫌いで。自分の中の軸に合わないことに対して、よく嘆いていたよ。なんだか、そういう意味では生きづらそうな人だった」

「そうね、さぞ、疲れてしまったでしょうね。そもそも前提から間違っているんだもの」

「と、言うと?」

「毎

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甘い、日。

「ねぇハニー」

「なぁにシュガー」

「外、雪だよ。昼間のうちは晴れてたのに。だいぶ冷えたからか」

「ええ、そうね」

「もう少し暖炉を強くしようか、平気?」

「大丈夫。それより、紅茶をもう一杯いただけるかしら」

「ん。オレンジジンジャーね」

「…………」
(今月に入ってから、ミントさんやロゼッタさんが随分はしゃいでた。「どんなの作ろう」「何をあげよう」って。コル・カロリでは期間限定のチ

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おはよう、まで、おやすみ。

「ねぇ、シュガー」

「なに、ハニー」

「『いつ死んだって構わない』。あなたは、こんな言葉を聞いたならどう感じる?」

「どう、って……そうだね、願わくば明るいものであることを」

「明るい、とは?」

「君の前提には、負の言霊が付き纏っている気もするけれど。とても良いこと、幸福なことがあって。それを抱きしめたままで、っていう場合とか。
或いは。
自分の信じる道を進んで、後悔だって受け止めて。全

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レイニィレイニィ。

「ねぇ、ハニー」

「なぁにシュガー」

「君は雨が好きかい?」

「どちらかと言えば否、ね。髪が言う事を聞かなくて嫌になる。……それに」

「それに?」

「……何だか呼吸がし難くて。ふと気を抜きでもすれば、殺されてしまいそう」

「……殺されてしまいそう、か。そんな風に捉えてみたことはないけど、うん、そっか。同じ感覚を別の言葉で受け取ってるのかも知れないな。
ああ、じゃあ最初に会ったときにはい

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