届かなくとも。

「ねぇハニー」
「なぁにシュガー」

日中はだいぶ暖かいが、陽が沈めばまだ肌寒い、そんな時期。窓の外に目をやれば、淡い夜の色が降りてきていた。

「もう冬は終わったわけだけど。あの季節を乗り越えて芽吹く植物って、すごいと思わない?」
「……何を言うかと思えば。否定はしないけれど」

ハニーは詩集から視線を上げないまま答える。シュガーはそれには気を留めず、話を続けた。

「どこか東のほうの国でね、松竹梅、って三種類の植物を、縁起がいいものとして扱うらしいんだ」

ページがめくられる音が響く。シュガーはティーポットに湯を注いだ。あらかじめ温められ、茶葉をセットされていたそれからはキャラメルの甘い香りが立ちのぼる。

「何かを位づけするときにも使うらしくってね。松が上、梅が下。……そういうの、どう思うかな」

 沈黙。
シュガーは軽く息をついて、手を動かし続ける。ミルクを注いだカップに、一方には砂糖、一方には蜂蜜を加える。濃く淹れた紅茶を均等に注ぎ、静かにかき混ぜる。
ハニーの座るテーブルにふたつのミルクティーが運ばれたところで、ようやく彼女は口を開いた。

「まずひとつ、気に入りはしない。もうひとつ、気にしない」

ぱたん、と詩集を閉じ、いただくわ、と小さく呟いて砂糖入りミルクティーを一口含んだ。そうして、続ける。

「何かにつけて順位をつけたがるのがそもそも窮屈なのよね。個々に優れたところはあるのに。比べてみたところで何が得られるのかしらって、長らく思っているわ」
「……そう、だね」

自分のほう、蜂蜜入りミルクティーのカップを手にしながらシュガーは言った。どことなく、遠くを見るような目をしながら。

「……ただ……」
「ただ?」
「ちょっと、話がそれる気はするけど。僕たちが何かと順位をつけたがるのは、自分のことを守りたいからじゃないかって。どうしたって、自分より下がいるって思うと楽になるものだし。……けど、それってさ。なんだか、さびしいことだよね」

追憶するように目を閉じるシュガー。脳裏に蘇る、いつかの、声。

「気に入らない、と、気にしない。それだけのこと」

ハニーの口調は取りつく島もなかったが、伝わりはした。

「……ん」

ありがとう、と口の中だけで呟く。気付きながらも敢えて目を逸らし、ハニーはカップを傾けた。甘い香りが揺らぐ。

「ところで、ねぇシュガー」
「何?」
「……今朝のお茶のほうが美味しかった気がするわ」
「え、さっき順位とか気にしないって」
「それとこれとは話が別なの」

ぴん、と白く細い指が立てられる。なんだかなぁ、と思いながらシュガーは苦く笑った。

「……精進します」
「よろしい」

窓の外は、綺麗な星空になっていた。


15/5/23

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