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春よ来い【ショートショート読切】

海岸の堤防に腰掛けた男女一組が何やら話をしている。

「ミカ、俺、春は嫌いだよ。」

男は諦めたような口調だ。

「何で?いい季節だと思うけどなぁ。」

女は男と違って元気な口調だ。

「いや、何か置いていかれていくような気がしてさ。」

「何に?」

「みんな。みんなにだよ。旅立つみんなととどまる俺。そんな気になっちまう。」

「え?意味分かんないや。」

「見ろよ、あれ。」

男は遠くの群れを成して飛んでいる鳥を指差した。

「あの一番後ろにいる、あの鳥。あの鳥いるじゃんか。あれ。あんな感じ。」

群れを成しているその最後尾、仲間とかなり距離が離れている鳥が必死について行こう羽をバタつかせていた。

「私は置いていかないよ?」

「そっか…。」

「私は春は好き。」

「どういうところが好きなんだ?」

「お花が一杯咲いて、何かこう…さぁ始まるぞぉ!みたいな雰囲気が凄く好きなの。」

「そっか…アハハ、ミカらしいや。」

冬の夕暮れだ。
陽が沈むスピードが恐ろしく早い。

「ケイジは?四季のどれが好き?」

「俺か?俺は夏かな…。」

「ふぅん。どういうところ?」

「やっと嫌いな春が終わったって感じがしてね。」

「何だ、それだけか。ハハハ、まぁケイジらしいわよね。」

「それぞれの道、それぞれの夢、それぞれの旅立ち、みんな散り散りになっちまう。春は出会いと別れの季節とか言うけどさ、別れた先の道に誰も歩いていなかったら別れだけだ。春はさ、別れの季節だよ。」

「そんな目の敵にしなくてもいいじゃない。ウフフ、絶対誰か歩いてるって。」

「そうかな…」

男は堤防に落ちていた石ころを手に取るとひょいと海へ投げ入れた。
もう辺りは暗い。
気温は一気に下がっていく。
水平線と空の区別がつかなくなった頃、男はすくっと立ち上がった。

「ミカは今、幸せなのか?」

「うん、もちろん。」

「即答かよ、ハハハ。本当お前は凄いな。」

「ケイジとこうやって会ってさ、こうやってお話してさ、笑い合って…幸せじゃない。」

灯台の光が旋回し始めた。
一定周期で2人の頭上を通過していく。

「なんで俺、春が嫌いになっちゃったんだろなぁ…。春が好きならミカと温かい外で楽しく遊べたのにな。桜を見に行ったり、ハイキングに行ったりとかできたのに。」

「うん…それは確かに…正直寂しいかな。」

女は先刻の明るい口調が嘘のように暗く、悲しい口調に変わった。

「春にミカと遊びに行きたいな、俺…。」

「行こうよ!その気になれば出来るよ!楽しいよ!?春はさ、色んな花が咲くんだよ?綺麗だし、いい匂いもするの!」

「…置いていかれていくような気持ち…にならないかな…。」

女も立ち上がった。
そして男の右手を小さな両手で力いっぱい握った。

「置いていかない。私はケイジを置いていかない。絶対に。本当だよ?私が置いていかないってんだから、大丈夫。ね?」

「そうか。春…外に出てみるか…。」

「やった!ケイジと春に出かけられるのね!?一緒に桜を見たかったの!!嬉しい!!私もケイジが寂しくならないように、置いていかれるような感じにならないようにするからね!!」

「あぁ、ありがとう、ミカ。よし、桜見ようぜ。綺麗な場所探しといてよ。」

「分かった。リサーチしとくよ。任せて!」

・・・

季節は流れ、再び冬がやって来た。
その堤防には年老いた男性と同じく年老いた女性が各2人づつ立っている。

「あいつは今もこの時期になると夢に出てくるんです…。」

「えぇ…あの娘もです…。おんなじですね…。」

「呼んでいるんでしょうか…。」

「かもしれませんね…。」

「ケイジ…」

「ミカ…」

「まだそこにいるのか?」
「まだそこにいるのか?」
「まだそこにいるのか?」
「まだそこにいるのか?」

2人の春は永遠に来ない。
2人が一緒に海に消えた冬のその日から、2人はそこに居る。
永遠に。
永遠に。

4人は堤防に、ゆっくりと花束を置いた。



最後までお読みいただきありがとうございました。
風雷の門と氷炎の扉もお楽しみに。

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