風雷の門と氷炎の扉〜序章〜
ここはいつも薄暗い。
というかここの住人は生まれた時からこの環境なので明るいという感覚がそもそも無い。
これが当たり前なのだ。
小さな世界の小さな村で変化が起こり始めたのは村を統治する村長が代替わりしてからの事だった。
「さてと…」
「も、もう行かれるのですか?持ち物…忘れ物は無いですか?だ、大丈夫ですか?」
「うるさいな。平気よ。」
「調査は大事ですし、村人の為ではありますけど…。」
「私がやらなきゃ誰がやるのよ。そうでしょ。さて行くわよ。」
「はい、わかりました。じゃあ履き物をお持ちします。」
「え?まだ履き物準備してなかったの?」
「わわ、申し訳ございません!すぐ!」
「ちょっとぉ…もう…。」
「すぐ準備します!」
「早くしてよ!もう!」
ドタバタと大きな平屋から大きな足音と女性の怒号と男性の謝る声が聞こえる。
女性の名は「ウリュ」
この世界に年齢という概念は無いが、我々の世界に当てはめるのであれば18歳程度であろうか。
身長は150cmほどで細身である為に非常に幼く見える。
髪の毛は黒髪で肩にかかる程度の長さで、少々巻いた様なクセが付いている。
非常に大きな目の色は黒く、長いまつ毛が特徴的だ。
形の良い鼻、小さな口、薄い唇、細い顎と幸薄き美女といった風貌だ。
ドレスの様に白い一枚布を身体に巻き付けて腰をベルトの様なもので絞っており、刃渡り20cm程の刺身包丁の様な鞘に収めた真っ直ぐな刃物を腰に挿している。
刺身包丁の様な刃物というかもはやその見た目は刺身包丁そのものに見える。
一見大人しそうな雰囲気を持っているが、先の高音域の怒号から察するにそれなりにやんちゃである様だ。
男性の名は「ヒョウエ」
年齢は30歳近い様に見える。
頭はボサボサで黒髪、頭髪量は前方がやや寂しい。
身長は170cm程あるが猫背で小さく見えてしまっている。
太り気味であるが、その顔の作りは端正で奥二重、口は小さく、唇も程良い厚さである。
髭は薄い。
優しい口調と低い声が大人しい性格と物語っている。
ウリュと同じく白い布を身に着けているが、上下別の布で、上は半袖のシャツの様にしており、下は短パンの様にしている。
ベルトの様なものをしておりそのベルトにはいくつもの巾着袋がぶら下がっている。
話のやり取りからヒョウエはウリュに仕えていると察する事が出来る。
「遅くなりました、ウリュ様。履き物でございます。」
ヒョウエは膝を地に付け、何かの皮で出来ているサンダルの様なものをウリュの前に差し出した。
「もう…。お父様もお母様もいないのよ?あなただけが頼りなんだから…。」
ウリュは正座をしているヒョウエを諭しながらその履き物に足を入れた。
「面目ありません…。ウリュ様の辛く、悲しく、淋しい気持ちはよくわかります…。私はこれからも変わらずウリュ様を支えます。約束しますよ。」
ヒョウエは悲しそうな表情でそう言うと、立ち上がりウリュの背中を見つめた。
「うん。ありがとう。ヒョウエだけが頼りだから…。でもさ、ヒョウエ、いつもとは違う外の様子…この揺れは一体何なのかしら…」
ウリュはヒョウエに背中を向けたまま小さな声で呟いた。
ウリュは村人達の為に、奇妙な現象が起こると調査に出かけてその結果を村人達に報告をする。
今回はとある時期を境に定期的に発生する様になった地の揺れを調査しに行く。
調査に出かけるのはいつもの事だが、いつもと様子が違うので何となく今回は嫌な予感がしたのだろう。
「ええ…何が起ころうとしているのか文献を調べてもさっぱりなんです。ですから…今回の調査は自分もお供致します。自分の目で見て記録しておきたいのです。」
「うぅん…」
「な、何かご心配でも?」
「あなた…戦えないでしょ?」
ウリュは背中を向けたままだ。
「ま、まぁそうですが、もしウリュ様が傷を負われたら治療が出来ます。そもそも私の役割は治療でございますから…」
「ん…まぁ…そうだけど…」
「傷を負われて帰ってこれないとなると、村の一大事でございます。」
「…う…ん…」
「さ、行きましょう。」
「うん…わかった…。」
ウリュは浮かない顔で返事をすると引き戸をガラッと小気味よい音を立てて開けた。
するといきなり突風が2人を取り囲んだ。
「風が強いわね。何だか凄い音も聞こえる。」
「いつもより風が強い。確かに…地が揺れてますね…。先代の文献によるとこの音は雷というらしいですよ。」
「雷…」
ウリュの纏っている布がめくれ、肢体が露わになる。
「ん…行きましょう、ウリュ様。」
ヒョウエはその様子に赤面し、ウリュを促した。
当のウリュは布のめくれなど大して気に留めていない様だ。
「よし、行きましょう。」
2人は風の中歩き始めた。
「この風は昔からあるものなの?私が生まれる前から?」
「えぇ。昔からです。雷も数回ですが経験があります。しかしこの地の揺れは…自分も経験が無いですね。村人達の中に知っている者…調べておくべきでしたね。」
「文献には残っていないのよね?」
「ありませんね…」
「まったく不思議よね。いきなりでしょ?」
「そうなんです。」
「ヒョウエが調べても分からないのか…。」
「蔵書を読み漁ったんですけど、やっぱりこの現象の記録はありませ…」
「うわっ!凄い風!ヒョウエ!大丈夫!?」
ヒョウエの話は途中で凄まじい風に遮られた。
「じ、自分は…大丈夫です!」
「村人達は大丈夫かしら!!」
ウリュは顔を両腕で覆い、風の中を進んでいく。
2人が目指すのはこの世界で天変地異の元凶とされている巨大な門の様な建造物だ。
全ての異変は門から始まるとウリュの家の蔵書には記されている。
その門を調べる事が2人の目的だ。
「見えてきたわ!ヒョウエ!」
「うわぁ…いつ来てもここは慣れないなぁ…。」
「自分でついて来るって言ったんでしょ!」
「ま、まぁ…」
「行くわよ!」
何かが大きく変わる瞬間に立ち会いたいという人間がこの世に何人存在するだろうか。
何かが変わるその瞬間、必ず痛みと苦しみ、そして犠牲が伴う。
それを受け止めてでも何かが変わる瞬間に立ち会いたいと思う人間が一体何人いるのだろうか。
期せずしてその当たりくじを引いてしまった世代は一体何を思うのだろう。
変えたい、変えなければ、変わってしまった、やっと変わる、やっと変わった、その心は立ち会った人間にしか分からない。
この物語でその心の中を紐解いて行こう。
ウリュとヒョウエと共に。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定は本日から7日後を予定しております。
筆者は会社員として生計を立てておりますので更新に前後がございます。
尚更新はインスタグラムでお知らせしております。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?