我思ふ Pt.130 過去の古傷15
↑の続き
美結とお互いの顔面を確認し合うと、不思議なもので恋愛感情がブーストし始める。
電話の時間は増え、おまけにメールもしまくりだ。
美結は学生なので、私から電話をするのだが、当時の携帯電話プランは現在より果てしなく高い。
通話だけで独身の私の家計を圧迫している上に「パケット代」がまた酷い。
正確には覚えていないが、それはそれはセレブリティな金額だったのは覚えている。
ブーストする恋愛感情に負けじとブーストする通信コストが私を苦しめる。
「今週末、会いに行く。美結に会いに行くよ。」
私はいつもの時間に電話して、美結にそう告げた。
電話の向こうで私の言葉にはしゃぐ美結には申し訳ないが篩にかけさせてもらうつもりだった。
このコストや手間をかけてまで美結と交際していくかどうかをね。
とんでもねぇクズだとは思う。
だけど、このまま私の音楽生活だけではなく普段の生活まで圧迫し始めたわけだからそこはドライに判断させてもらうつもりだった。
交際が始まってから美結の気分が激しく落ちる回数が増えているのも気になるところだ。
この事実も申し訳ないがコストが関連している。
美結が鬱状態のまま電話で話し始めると、二時間〜三時間の電話になってしまう。
それはそれはとんでもない通信コストだ。
とにかく、自分の中で踏ん切りをつけなければならない。
それも早急にだ。
音楽、日々の生活、美結との交際の三つ、これをどう割り振りをしていくか、これは会ってみるしかない。
会って判断するしかない。
いや、会わないと判断できない。
私は韓流ドラマの俳優が携帯電話を閉じるような仕草で美結との電話を切った。
え?何言ってるか分からない?
「中川家 韓国 俳優」でYOUTUBE検索してみて下さい。
話を戻す。
私は電話を切った後、例のギタリストの家へ向かった。
遠距離恋愛の先輩である奴はもう週一というペースで大阪の彼女と会っている。
そらそうよな、フリーターはなんぼでも時間あるからのぅ。
わしゃ、誇り高き「会社員」じゃ。
「雇われ」じゃ。
そんなパカスカ遊びいける金も暇も無いんじゃ!
と、言いたいところだが彼に罪があるわけではないし、彼に色々と聞きたい事もあるからここは一つ、飲み込んでやろうではないか。
ギタリストの家に着いたのは時間は22時、明日は仕事だから日付けが変わる前には眠りにつきたい。
が、この対談は深夜まで続く事になる。
ここで時系列をおさらいしてみましょう。
私・二十歳
美結・十五歳
美結から初めて私個人にアクセスしてきたのは三月始め。
そこから約二週間のやり取りを経て、お互いに「好きです」「はい私もです」の儀式を終える。
十日間程度の電話、メールのやり取りで愛を育み(笑)、様々な違和感を感じ始める。
そして今回のお話は東北行きを決意してから約一週間後の事。
では話を戻す。
「いよぉ、待ってたよ。」
ギタリストが煙草を咥えたまま自宅のドアを開き、私を招き入れた。
その顔は私が何を話したいかを理解しているような印象があった。
私は彼にただ「ちょっと遊び行くわ」としか伝えていない。
私は彼の部屋に入り、いつもの場所に腰を下ろすと、無言で煙草に火を点けた。
「会いに行くんか?」
ギタリストもいつもの場所に腰を下ろしながら私に言った。
「うん、まぁね。明日色々予約しようと思ってるんだよ。」
「あぁ、以前予約する時の電話番号教えてあったもんな。」
「そうだな。お前はいいな。」
私は嫌味な言い方をした。
「何が?」
余裕の表情で呆れたように笑うギタリストは、私の顔を覗き込んだ。
「お前はいつでも会いに行ける。そしてお前の彼女は社会人だ。働いているんだろ?稼ぎもあるだろうからな。」
そう、ギタリストの遠距離恋愛中の彼女は十九歳の社会人だ。
パチンコ店の店員として働いている。
ギタリストは私の渾身の嫌味を受け流すように、フンと笑った。
「まぁね…ハハハ…。お前はキチンと働いているからな。お前からそう言われたら何も言えないぜ。」
「…。」
私も渾身の嫌味を華麗に流されて、何も言えない。
「高校一年生かぁ。卒業までどうするかってところだな。コーヒー淹れてくる。」
ギタリストは立ち上がった。
「…どうする?お前なら?どうする…?」
私は引き留めるように即座に声をかけた。
ギタリストはポカンとして私を見た。
「俺か?正直俺は無理だな。」
「…。」
「美結ちゃんだっけ?お前の話を聞く限りじゃ俺は無理だ。経済的にはもちろんの事、色んなしがらみを考えたら無理だよ。」
「…。」
しばらく沈黙が続いた。
俯いてしまった私に気を使ってなのか分からないが、ギタリストは頭を二、三回掻いて座り直した。
「会うしかないんじゃね?そうじゃないと分かんないんじゃね?」
「会って…か…。」
「そう。会わないでどうこう判断できねぇじゃん?」
「うん…まぁな…実はな、そう考えてたんだよ。判断してやろう、篩にかけてやろうって。クソみてぇな考えをしてたんだよ。クソだろ?ゴミ野郎だろ?」
「全然、どこが?付き合うってさ、どっちかが無理したら終わるんだと思うぜ?だからまぁ…俺もあんま交際は長く続く方じゃないけどさ、長く続く人ってきっとお互いなんの無理もしてないんじゃないかな。」
なるほど。
さすがは常に私の一歩先を行く男。
篩にかける事は悪い事ではないのだ。
男女の付き合いとはお互いの幸せを考える事だ。
あーしぃ、なんかぁ、すぐ男に飽きちゃってぇー、すぐフッちゃうのー、マジなんかーあーしぃ、やっぱー恋愛体質なんかなーなんて思うわーけー
とか、言っているお嬢さん。
ぼーく⤴ぅ、マジでぇ、すぐ女んこにムカついちゃうんスよぉ、ぜんっぜんぼーくぅん事分かってねぇっつーかー、あ、もぅマジあいつ分かってねぇーみたいな?
とか言っているお坊ちゃん。
そらぁてめぇの都合だけでもの考えてりゃ飽きもすんだろうし、他人の事を理解する事なんか一生できねぇだろうよ。
自分の都合と相手の都合の折り合いをつけて落とし所を考えるのが思いやりだと思うぜ?
自分から歩み寄りもしねぇで何をほざき散らかしてんだよ。
それに値する相手なのか、そうしてまで一緒に居たいと思うのか、それを見極めるまでが「付き合う」というプロセスじゃねぇのか?
と、思うけどまぁいいや。
話を戻す。
「会うよ。そしてね、キチンと判断する。ケジメつけるわ。」
私はギタリストの方を向いて言った。
「あぁ、今週か?気を付けてな。とりあえず、飲むか?ビールあるんだ。泊まってけよ。」
「うん、そうさせてもらうか!」
ここから日付けが変わるまで飲んで、ギタリストの家で眠りについたのは午前一時過ぎ。
翌日は仕事にならなかったのは言うまでもない。
そして数日後の夜七時、私は東京駅に降り立った。
二十歳の私は遂に人生初の山形県へと旅立つ。
続く
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