【短編ホラー小説】短夜怪談「しきたり」
とある工場で短期就業した。派遣の仕事である。
社員も気の良い人ばかりで、穏やかな雰囲気の工場だ。ただ、作業場内が異様だった。四隅はもちろん、壁際やキャビネットの陰など、通行に支障がない範囲であちこちに盛り塩がされている。十は超えていたと思う。
更に、社員からただ一点、怖いくらいに注意された。
「作業場内の盛り塩は全て絶対に崩すな」
え、とは思ったが、初日に訳は聞き辛い。その後も、どこで何の作業をしていても、塩が視界に入って来る。耐えられず、就業最終日の前日、話をするようになった社員に聞いてみた。
「やっぱり気になるよね、塩。でもあれ、触っちゃダメなやつだから。あなたが不用意に触るような人でなくて良かったよ」
「理由とか、あるんですか?」
部外者があまり立ち入ったことを聞くのも憚られたが、社員もこちらの躊躇を汲んでくれた。
「あなたも明日で最後だし、多分また来ようとか思わないだろうから、いいよ。いつからとか詳しいことは知らないんだけど。ーーあの塩ね、崩すと、崩した人が死ぬの」
「えっ」
「信じなくていいよ。でね、崩して、それで死んだ人が作業場に出ちゃうから、また盛り塩してるの」
「つまり、じゃあ」
社員が暗い目で見てくる。
「……あの盛り塩の数だけね、人が死んでるんだよ。最近死ぬのは注意を聞かない新入社員とか、派遣とかだけど」
言葉に詰まっていると、社員がうっすら笑った。
「大丈夫。崩さなければ」
翌日の最終日。
作業場内に突然悲鳴が響いた。
見れば、同じ派遣仲間が呆然と立っている。その足元には、崩れて散った塩。
どうやら、派遣仲間が崩してしまったらしい。それで、本人ではなくそれを見た周りが悲鳴を上げたようだった。
「給与は出すからもう帰れ。タクシー呼ぶから。歩いて帰るな」と真っ青な顔の社員に言われ、その異様さに本人が始めて顔面蒼白になった。
急かされるようにタクシーに押し込められた仲間は、そのまま、呆気なく亡くなった。
信号待ちのタクシーに後ろからダンプカーが突っ込み、仲間だけが即死だったのである。
その工場の求人情報は、それから見かけなくなった。
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