「怪物」 - 人間に眠る憑物を落としていく超高密度サスペンス
★★★★+
「ホテルデルーナ」を観て以来、ヨ・ジングが気になって仕方なかったところにやってきた彼の最新作がこの「怪物」。どう見ても演技力に物を言わせる重厚系サスペンスな佇まいに、「きっとちょっと怖いんだろうな」と最初は飛び込むのに少しばかり躊躇がありました。
舞台はムンジュ市マニャン村。ごく平凡な田舎といった様子を見せるマニャンの派出所にいる警官のドンシク(シン・ハギュン)は、中では少し特殊な雰囲気をまとい、サイコパスという噂もある人物です。そしてそんな彼の前に、ソウル庁出身で父親が次期警察のトップという超エリート警衛のジュウォン(ヨ・ジング)が赴任してやってきます。どう見ても噛み合わないふたりはパートナーを組まされることになり、案の定互いへの警戒丸出しでちっとも打ち解けないのですが、ある日一緒に白骨化した死体を発見することに。
実はこのマニャンでは20年前に当時学生だったドンシクの妹が行方不明になり、その指だけが切り取られてドンシクの家の庭に並べられていたという猟奇事件が起こっていました。その際にドンシクが容疑者として逮捕され、のちに釈放されるもののドンシクの家族はすっかり崩壊し、真犯人もいまだ捕まらないという状態。そしてドンシクとジュウォンが発見した白骨遺体は指先がなく…。
冒頭からゾクゾクするほど無数の謎が散りばめられ、何よりドンシクが何者なのか、一体なんなのかがまったく分かりません。たまに見せる不気味な笑みには文字通り身の毛がよだちます。対するジュウォンも白骨死体について明らかに何か知っている様子ですし、そもそもマニャンにやってきたことにも裏がありそうです。そして彼らを取り囲む派出所や村の人々。みんな人が良さそうな感じがするのですが、どこかで秘密を感じさせ、いまいち信頼できる気がしません。
ずっと消化不良が続いているような気持ちの悪さの中でストーリーは進行していきます。こうした伏線の層の厚さや複雑さは、そのまま作品の質感になるもの。初めの数話で、これはなかなか上等なつくりのサスペンスになる予感がすると思いました。そしてドンシクが娘のように可愛がっている女子大生が行方不明になって彼女の指だけが見つかるという事件が起こり、物語は急にギアが入ることに。
無造作に登場してくる新たな人物たちもふとしたタイミングから容疑者になっていき、何より面白いのはドンシクふくめてみんなまさに犯人のようなふるまいをすること。観ている側は本当に誰が犯人だか見当がつきません。しかしそれはすべてのキャラクターにそれらの行動を促すだけの背景があるからであり、説得力の高さふくめてつくりの緻密さにはつくづく唸りました。
タイトルにある怪物とは誰なのか。その意味は考えると実に深いです。あからさまな怪物も存在していました。しかし、その怪物が舞台から消えてもまだ謎は残っているのです。
終盤に差し掛かるころには謎の概要はほぼほぼ姿を見せ、霧が晴れるような気分になります。本当にあらゆることが絡み合って過ぎた20年。そして正々堂々と解決される物語。あれだけ揃いも揃って胡散くさかった登場人物たちの表情がみんなすっきりして見え、ああ憑物が落ちたんだなと思わされました。
序盤は少々グロテスクですし、ともすれば暗くて重たすぎる内容なのですが、シン・ハギュンとヨ・ジング、このふたりの対照的な演技と華が土台にあることでエンタメとしての魅力も実に豊かです。ふたりに限らず、全キャストが己の中の怪物と、人間という生き物のややこしさを表現できる実力派揃いで、百想芸術大賞の作品賞ノミネートも納得のクオリティ(※2021.5.14追記 最終的に作品賞、脚本賞、男性最優秀演技賞の主要3部門で受賞)。腰を据えてサスペンスと向き合うなら、この作品はぜひ観てほしい秀作です。
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