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「デッドエンドの思い出」 - 淡々と染み渡る時間がただ必要なとき

★★★★

これはテレビドラマではなく映画ですが、「だから俺はアンチと結婚した」を観て、スヨンのサバけたヒロインが思いのほか好きだと思い、彼女の他の出演作をチェックする中で気になった一本。スヨン主演と言えど舞台は名古屋、原作は吉本ばななの短編小説なので、原作は未読ですが淡々としつつ色彩を感じる邦画らしい世界観なんだろうなと思い惹かれました。

韓国のプロデューサーの発案による映画化で設定は色々と翻案されたようですが、ヒロインはもうすぐ30歳になる韓国人のユミ(スヨン)。仕事で名古屋にいる婚約者テギュ(アン・ボヒョン)と連絡がつかない期間が続き、長い付き合いだから大丈夫と思いつつもテギュに会うため名古屋へ向かうことに。しかし調べて訪ねたテギュの自宅には、「テギュと結婚する予定だ」と言う日本人の女性が。帰宅したテギュ本人もそれを認め、ショックを受けたユミは不慣れな日本の街を彷徨った挙句、「エンドポイント」という名の古民家カフェ兼ゲストハウスに辿り着きます。もうじき閉じるという「エンドポイント」に束の間滞在することにしたユミは、そこのオーナーの西山(田中俊介)や個性の強い常連客たちとの関わりの中で傷を癒していくというストーリー。

正直、展開自体は概ね想像ができると言うか、ごくありがちな日常と当たり前な人々の感情がずっと軸になっていて、それを穏やかな優しさを具体化するゲストハウスでの時間が彩っていくことで、物語が整っていくような作品です。日本映画の王道のような雰囲気もありますが、よくよく考えると吉本ばななの小説こそが、こうした世界観の先駆けだったような気がしました。「キッチン」や「TUGUMI」を読んだのは随分と昔、子供のころでしたが、普遍的な日常を因数分解して深く掘り下げていくような文章が印象的でした。

また、この傷ついた心をそっと受け止めてくれる治癒の場所として、「ゲストハウス」と言う舞台は最適な気がしました。むしろ現代的なゲストハウスには少なからずそういう、既存の人生で誰しもが負う傷を、より緩やかな繋がりで出会う人同士が見守って癒されるのを待つような、そんな機能があるのかもしれません。吉本ばなな的なことに、リアルな世界が融合してきたような感覚をおぼえました。

なので物語性やドラマ性に没入するのではなく、眺めて浴びるような、そんな映画だと思います。スヨンの達者な日本語は、役柄に対して上手すぎるという感想もあるみたいですが、個人的にはユミというキャラクターだけでなくスヨン自身を魅力的に感じさせました。

また田中俊介演じる西山は、予告だけ観たときは正直ちょっとアイドルっぽさがあるというか演技が濃すぎる気がしたのですが、全編を観て役柄の背景を踏まえるとなんだか腑に落ちました。軽さもあるけれどいろいろなことを考えていて、根本的に優しい。良い人物です。

温かい春の風が抜けていくような映像も素朴で美しいです。なんとなく縮こまって、気持ちががんじがらめになってしまっているようなときに、ゆっくり解いてくれる映画だと思います。


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