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しがみついてないと吹き飛ばされてしまうから*蝶々とわたし

車を運転していたら,フワッと蝶々が飛んできて車の前面のガラスにとまった。

田舎で車を運転している人なら,1度や2度,同じような経験があると思う。
車が赤信号で止まっている時に,蝶々が飛んできて,そして思いがけず車のフロントガラスで羽を休める。

運転していた私は『さて,困ったな』と思う。
その時私は国道を走っていたから,田舎の細い道と違って3車線でみんなビュンビュン飛ばしている。
信号が青に変わったら,私もそのビュンビュンに乗らなくてはいけない。
この蝶々はどうしたものだろうか。

ゆっくりとスピードを上げすぎないように気をつけて走り出す。
今このタイミングで飛んでいけば良いのに〜と思うけど,蝶々は思いがけず動き出した車にしっかりとつかまっている。

周りの車に合わせてスピードを上げていく。
蝶々は飛ばされまいと必死につかまっている(ように見える)。
この細い足のどこにそんな力があるのか,というくらい。
羽はブルブルと風に煽られているのに,しっかりと吹き飛ばされないようにつかまっているのだ。

こうなると運転している私の方が蝶々が気になって仕方がない。
よくわからないけど,この蝶々,私の車につかまったまま,思いがけず遠くにまで運ばれてしまうのではないだろうか。
それでいいのか。
早く手を離したほうが楽になるように思う。
けれども蝶々は意外な力でしっかりと車につかまっているのだ。

「飛べるのに」

蝶々は飛べるのだから,手を離してもきっと大丈夫なはずだ。
と,私は思う。
離した瞬間は風に煽られるかもしれない。
けど,飛べるんだから大丈夫なんじゃないか。
でもやっぱり,このスピードで飛んで行ったら,”飛んでいく”のではなくて”飛ばされる”ことになってしまうのだろう。
そうなれば,コントロールを失って,後続の車にぶつかったりするだろう。

ようやく,信号が赤になる。

私の車のスピードが緩む。

「ほら今だよ」
と焦るのだが,蝶々は飛んでいかない。

しっかりと車が停まる。

少しして,ふと,蝶々は飛んでいった。


***
しんどい状況の時,
人は早くそんな過酷な状況から離れればいいのに,と思う。
でも,あまりにも過酷な状況にいると,「しがみついてないと風に飛ばされるから」すぐには手を放せないのだ。

スピードが緩んで
そして
本当に安全だ,と思えないと
本当に過酷な状況下にいる時には
離れられないこともある。

***

蝶々はだいぶ遠くまで車に運ばれてしまったけど,大丈夫だったんだろうか。
そんなことを,思いながら私はまたアクセルを踏む。




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