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人生の達人が、人生を賭けた本を読む(林伸次さん小説ゲラ読み企画感想)

林伸次さんのマガジンを愛読しています。バーテンダーでありながら文筆家の林さんの、厚みのある人生経験から繰り出されるやさしい文章に、いつも癒されたり、考えさせられたりしています。

そんな林さんが、10月に小説を上梓されるということで、ご自身のマガジンで先行モニターとしてそのゲラを読む人を募集する企画をやっていました。

なぜかはわからないけど、これには応募しなければならないという使命感を感じた僕は、募集のマガジンを読み終えるや否やすぐに応募のメールをしました。

すると翌日に林さんご本人から返信があり、当選の旨が記されていました。メールには、「この本に人生かけてます」とありました。

そして数日後、編集者さんからゲラのPDFファイルが届きました。僕は人生の達人が人生を賭けた本を、迎え撃つことにしました。

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「世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。」と題されたその小説は、さまざまな不思議な世界の風景を切り取ったいくつかのエピソードで構成されています。

一度誰かに会ってしまったら、もうその人とは二度と出会えなくなってしまう「さよならの国」の話。春と冬の待ち合わせの風景。人間に恋をした天使の話。夜の闇になった王様の話。夢の中を自由に歩く女性の、長い長い語り。

そんな「すこしふしぎ」な世界どうしが、つながっているようなつながっていないような曖昧さを持って読者の前に提示されます。それは現実をも巻き込んで、自分の現在地がわからなくなるような、心地よい浮遊感を与えてくれます。

オムニバス的にいろんな世界観を持った話が集まっててきた小説というのは、それほど珍しくはないのではないかと思います。それらが「実は繋がっている話なんだよ」という仕掛けも、おそらくはこれまでのカルチャーの蓄積のなかには存在しているでしょう(具体例がパッと思いつかないのが歯痒い)。

ただこの小説が新しいと思うのは、その「繋がっているんだよ」ということにドヤ顔をするわけでもなく、むしろそれはお互いの世界どうしが本当には離れ離れになっていることを示すための仕掛けとして働いているということです。世界の関わり、人と人の関わりは、とても細く危ういもので、でもだからこそ価値がある。そんなことを考えさせられました。

世界は、交わっているようで最後のところで交わらない、ひとりひとりの想いがより集まってできている。それは悲しいけど、素敵なことじゃないか。それがタイトルに込められた意味であり、林さんの持つ世界観なのかな、と思いました。

また、それぞれのエピソードを見ても、おそらくはこれまで数々の人生の機微に触れてきたであろう林さんによる、切なさや悲哀、でもその裏返しとしての幸せや人生の楽しみのようなものがやさしい息づかいで描かれていて、やはり心地よいものでした。

これまでにはない読書体験、かついつも読んでいる林さんのマガジンから垣間見える人間力の濃い部分に触れた気がしました。

なるほどこれは、林さんが人生を賭けた本です。

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恥ずかしながら、林さんの作品を読んで、自分も小説を書きたいと思うようになりました。

より正確には、普段書いている中国というテーマから離れ、フィクションを含めていろんなことを書いたらどうなるんだろうという思いがずっと前からあり、そのくせ何の行動にも移せていなかったのですが、そんなことじゃいけないよなと思いました。

自分も同じように、人生で経験したことや、これまでに考えてきたことを物語の中にぶつけたらどうなるだろうか。それを見てみたいという気持ちになりました。

だからもう逃げ場をなくすためにここで書いてしまいますが、明日か明後日くらいには小説・エッセイ用の新しいnoteのアカウントを立ち上げて、書き始めてみようと思います。

たぶん最初はたいしたものは書けないんでしょうが、それでいいんです。いつか僕にも、林さんのような「人生を賭けた」ものが書けるのかもしれないのだから。

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林さんの小説は10月4日発売だそうです。これを読んだ方には、手に取ってもらいたいなと思います。

最後に、同じ企画に参加した方のnoteを置いておきます。どれもそれぞれの視点から書かれていて、面白いです。

それでは。

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