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小説『FLY ME TO THE MOON』第4話 籠城

理科室に辿り着いた如月とパイロン。

パイロンは背中を如月が蹴ったか否か、
答えを貰えずにモヤモヤしたままウロウロしていた。

如月はその姿を見て

『モヤモヤかウロウロかどっちかにして!どっちも同時になんてわがままよ。あ、でもさ、モヤモヤがゲラゲラだったらいいかも!ねぇねぇ、ウロウロしながらゲラゲラしてみてよ』

凄まじいキラートスをパイロンに上げた。
パイロンは少しムッとしつつも、
ウロウロしながらゲラゲラと笑って見せた。

『うん、いいねその元気、
パイロンは笑ってなくちゃ』

パイロンは、自分を元気づけるための如月のムチャ振りだったのかと気づくと、このKY野郎がと思った自分を少し反省した。

『パイロンは一応ドアを見張っててね、
なるべく向こうから見えないように!』

そう言うと、理科室の中を色々と確認し始めた。教室の中にドアがあり、先生の詰め所のようになっていた。その部屋にもドアがあり、非常口へと繋がっている。

『やっぱりね、突き当りの教室だからあると思った。』

全て計算通りのような如月の台詞はパイロンに届いていた。

『なにがあったの?』
とパイロンが聞くと、

『はい!どこでもドア~♪』
と返事が返ってきた。

どんな時も明るく前向きで、どこかおかしい如月は、こんな時ですらパイロンの心を【ほっこり】とさせるのだった。

『パイロン!鍵を確認したらこっち来て』

如月の言う通り、パイロンは扉2か所の鍵を確認すると、『うん、かかってる』とつぶやき、詰め所へ入った。

詰め所に入ると、15インチの小さなテレビがついており、如月は椅子を逆にして、背もたれを胸に抱えるようにしてテレビを見つめていた。そこには女性アナウンサーが一人、
スタジオとは思えない、どこかの一角を使っているような、いかにも緊急な感じで映っていた。

『もう一度お伝えします、緊急放送です、ゼウスシティで発生している暴徒についてお知らせします。暴徒は映画などで馴染みのある【ゾンビ】と呼ばれる、言わゆる歩く死体の症状に酷似しており、噛まれると感染し、その人もまた暴徒と化します。現在その暴徒の感染が広がり、ゼウスシティに大きな被害を及ぼしております。現在のところ暴徒の感染拡大や被害状況など、シティでは全力で調査に当たっているとのことですが、街はほとんどまともに機能しておらず、麻痺状態です。しかしながら、依然として対応策は発表されておりません。

これから言うことを守ってください。

外は大変危険です、建物に入り、鍵をかけてじっと息を潜めてください。繰り返します、外は大変危険です、建物に入り、鍵をかけてじっと息を潜めてください。私たちに今できるのはこれくらいです、自分の身は・・・・自分で守ってください・・・・。繰り返し放送いたします・・・・・』

『聞こえた?』
如月がパイロンに問う。

パイロンは動揺しながらも
『うん』と絞り出した。

『ねぇ・・・』と声をかけると、
如月は静かに話し出した。
『全国大会で戦った時・・・どうだった?』

パイロンは今それ?と思いつつも、きっと落ち着かせようとしているのだと思い、ゆっくりと話し始めた。

『とても怖かったよ、みんなの期待が大きくて、それが分かってて、怖くて怖くて、負けるんじゃないか、負けたらどうしようって正直思ったよ、それでも前向くしかなかった。逃げたくなかったから申し訳ございません。』

『どうして前向けたの?』

『考えても仕方がないってゆーか、答えが出なかったの、で、考えるのやめて、やるしかないって思ったの。全部をポジティブに受け止めて、ポジティブに考えるようにした。試合の時もそう、ミスしたらこのミスのお陰で燃えられる!とか、強引に強引に自分の気持ちを引き上げたわ・・・私にも睦月と同じポジティブスイッチがあったみたいで・・・申し訳ございません。』

『安心した』

そう言うと如月は椅子からピョンと勢いよく立ち上がり、

『今もそうだよパイロン、ポジティブにならなきゃやってらんない。あなたの家族も心配、私の家族も心配、街の人たちも心配。でも今は皆きっと大丈夫!って思ってポジティブにポジテイブに前向いて前向いて、前だけを向いて今を生き抜かなきゃね。』

そう微笑んでパイロンに指を指し、ちょっとカッコイイポーズをした。

『そうだね、わかった!
なんだか嬉しくて申し訳ございません』

今までの数分が恐らく全国大会よりも怖かったのだろう、少し安心して心の緊張が解れたパイロンは大粒の涙を流した。

如月は自分で落ち着くまでパイロンの背中を微笑みながらさすった。

ゾンビが好きで、こうなったらどう戦うか?
ばかりを考えてきた如月、しかし実際に現実となった今、友人や顔見知りが命を落としていく。こうなって欲しいと願ったことはないが、まるで願っていた事のように、ふと自分がはしゃいでいたことに気が付いた。これはポジティブじゃないよね・・・涙を流すパイロンを見てそう感じた。

心を引き締めて、泣き止んだパイロンに
『少し休もう』
そう言うと如月は落ちるように眠りに落ちた。

パイロンが静かに立ち上がり窓の外をこっそり覗くと、グラウンドが見えた・・・
もう薄暗いのでよく見えなかったが、人影は確認できた。
『あれは人じゃない・・・』
動きでパイロンは察し、そっと座った。
時計を見ると午後7時・・・
安座して頭を抱え込み深くため息をついた。

パイロンはアルコールランプに火をつけて、
揺れる炎をじっと見つめるのだった。


『はぁはぁ・・・あいつら何なの?』

『わからないっす!』

『痛いよ~私噛まれたんですけどー』

音楽室で練習していた合唱部の3人が、
玄関でゾンキーに襲われて
音楽室に戻って立て籠もっていた。

私こういうの見た!映画で!
ゾンなんとかよ!ゾンなんとか!
そう心の中で騒いでいるのは合唱部2年のスティール。
身長180cmの長身で高音が良く伸びる合唱部の秘密兵器…と顧問の教師には言われている。黒髪のショートカットで右サイドを刈り上げたアシンメトリー。歌手を夢見て合唱部へ入部、目指すはメタルバンドの女王。本名は武内 羽鐘(たけのうち はがね)はがね→鋼→スティールと言う、ひねったようなまんまなようなそんなニックネームで呼ばれている。一部では【お硬くてクソつまんねぇ鋼のような女】と言う意味で言われているのだった。父親が元海兵で、日々柔道のトレーニングを一緒に行っているので、腕っぷしの強さもなかなかのもの。本人いわく『メタルは体力勝負』なんだそうだ。

そんな変わり者で無口だから友達は居ない、
部活でも正直薄気味悪がられていた。

ドアの外には3体のゾンキーが居たが、音楽室は中から鍵をかけられるのでひとまずは安心だった。

『ねぇ・・・なんかアタシ具合悪いんですけどー』
噛まれた合唱部の生徒、恵美(えみ)が顔中から汗を噴き出しダラダラと流しながらうな垂れて、力なく座り込んでから横になった。
その姿は陸に放り出されたクラゲのようで、
ドロッとして、ベロンとした感じだった。

『ねぇ大丈夫?ねぇったら恵美!ねぇ!』
必死に涼(りょう)が声をかけるが、恵美は
ハッハッハッ・・・と犬のようにスパンの短い呼吸をするだけ。その呼吸もだんだんと弱くなり、やがて1度目のハッから次のハッまで4秒程度の感覚になった。

羽鐘(はがね)には不安なことがあった…
映画のゾンなんとかでは、噛まれるとゾンなんとかになる、もしかしたら恵美先輩も…と。

そっと後ずさりしながら羽鐘(はがね)が言った。
『涼先輩・・・離れて下さい・・・恵美先輩から離れるっす・・・』

右の眉を思いっきり上げて眼球をむき出し、何言ってるの?と言わんばかりのあからさまな表情をし、涼は『こんなに恵美が苦しんでるんだよ?スティール!それでも友達?ほっとけないじゃん!このクソ野郎が!』と言い切ると強く恵美を抱きしめた。恵美の犬のような呼吸は既に止まっている。

・・・友達?

その言葉に羽鐘(スティール)はカチンときた。

陰でこそこそ私を気持ち悪いとか、辞めてほしいとか、バンドでも組めよとか言ってるくせに…靴に画びょう入れたりカッターで私の鞄引き裂いたとか、椅子と机を接着剤でくっつけるとか、ネコの死骸を机の中に押し込むとか・・・・そんなことする人間が友達とはよく言えるよな。

今日の練習だって2人が下手くそなだけなのに、先生に私が合ってないとか言いつけて
無理やり居残りさせたんじゃんか、私の練習に付き合うみたいな形にしてさ、それを皆にスティールが下手くそでさぁって言って歩いてるし。私の話なんか誰も聞かないし信じてくれない…

そんな環境をあいつらが作ったんじゃん。
ほんと、クソ気持ち悪いのはてめぇらだ、
死ねばいいのに・・・

そんな気持ちも羽鐘にはあった。
羽鐘にとってはこの【陰険ないじめ】をしてくる2人自体どうでも良い存在だったので、映画と同じなら…を想定して逃げ道を探す方が重要だった。

窓を開けて思いっきり上半身を外へ出し、きょろきょろと周囲を伺う羽鐘。右側にぼんやりと揺れる灯りが見えた。

『右は理科室・・・
あれはアルコールランプだ!人がいる!』

そう呟くとナップサックを取りに恵美の元へ歩み寄った。背負っていたナップサックは恵美が枕にしていたのだった。

『痛い痛い!やめて恵美!
やめて!ギャァアアアアア』

それは突然始まった。

思っていたとおりの展開が目の前で起きた。

『やっぱりゾンナントカジャネェカヨ!』
驚き過ぎてカタコトな外国人のようなツッコミを入れ、恵美が蹴とばしたナップサックを手にした。

『ちょっとスティール!あんた友達でしょ!?助けてよ!痛い痛いっ!助けなさいよ!カハッ・・・・』

涼がそう叫んだが、
最後はもう血を吐いてよくわからなかった。

羽鐘(スティール)は
振り向いてニッコリ笑うと、

『誰が友達だバーカ』

と、一言浴びせるとその場を離れた。
窓から身を乗り出し鉄柵に捕まって外へでた。飛び降りるには下はコンクリートで危険すぎた。そのまま掴まれるところを掴み、足のかかるところに足をかけ、パントマイムの
【壁】の動きのようにジリジリと移動した。
理科室の灯りが、生きた人の証であることを願って。


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