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小説『FLY ME TO THE MOON』第3話 誤算

明らかにいつもの日常じゃなくなったのに
如月は冷静だった、それもかなり。

同じ学校に通う仲間をも盾にしようと考える程に。もちろんそれは如月にとっても最終手段であって、共に戦ってくれるなら話は別だ。

全ては生き残るため。

校舎3階の技術室を出て薄暗い廊下には
誰もいないのが確認できた。
『よし!』小さく呟いた。

如月は階下へ向かうことに。
一番近い階段でもざっと20mほどの距離、
走っても良いのだが如月はやはり冷静である。映画では飛びかかる瞬間のゾンビの動きは意外と早いものもいた、監督や脚本家の解釈なので何が正しいかは不明だが、如月はとっさに飛びつかれることに警戒することにしたのだ。

大きめの肩掛け鞄を前に移動させ、ごそごそしながらゆっくり進む。

『よし!』

この場合のよし!は武器を決めたという事だ。鞄をお尻にグイッと移動させ、右手に小型のハンマーを持った。如月的にはいわゆるトンカチは振り回しやすいのだが、頭蓋骨に引っかかったり、跳ね返って反動で自分に当たるのを防ぐため、少し重めの鈍器が理想だった、毎日鞄に入れているパイレンもそう。
自分の戦闘を想定した上での武器選択だった。闘うためなら何でもいいが、選べる余裕がある場合は最適を選びたい。それが如月の対ゾンビ思想だった。

下りる階段が近づいてきたので一度壁に張り付き、耳を澄ました。悲鳴は聞こえないか、うめき声は、足音は…。
放課後の校内は改めて ”意外に音がある事” にふと気が付いた。

『へぇ~、気が付かなかったな』

そう呟くとハンマーを少し強めに握りしめた。壁から少し離れて階段を覗き込むように近づいてみる。

『ふぅ…』一息ついた、誰もいない証拠だ。

『わたしは~こおりの~♪』

映画アリスと氷の女王様の曲を小さく歌いながら階段を1歩1歩下りた、ここで、こんな状況で歌えるなんてまさに氷の女王である。
踊り場を越えて2階に到着した。

2階には音楽室があり、残っている合唱部の3名がハモリの練習をしていた。奇しくもその曲は『Let it GO ON』だったが、如月は『勝ったな』と言い、ニヤニヤしながら反対側の階段を目指して歩いた。なぜ遠回りするのか、それは今の状況を見て把握しておくためだった。は来る途中何があったか、誰が居たか、記憶しておくことが大事だったのだ。

2階に下りる階段に近づいた時、
悲鳴が聞こえた。
『ギャーーーーーーーーーーーー!』
それはピアノを適当に両手で叩きつけたような不快な悲鳴の和音だった。いや、むしろソプラノ歌手のような美しい高音で
『ヒィヤァーーーーーーーーーー!』
と言われても困るわけで。

一瞬ビクッとしたものの、すぐに下の階の様子を伺うために飛びつくように階段へ駆け寄った。上から見えたのは全身でもがき苦しむ女生徒に、問答無用で噛み付く3名のゾンキーだった。『知る限りではこれで8ゾンキーか・・・』身を隠しつつ、窓を見ると、ふと向かいの体育館の屋根が目に入った。

『あ、体育館』…。

自分の情報が正しいか確認しようと窓に近づき、目に光が入らないように手で影を作った。如月は目を疑った…そこにはバスケットの試合をする数名の姿があったのだ。

『な!!!!!!』

水銀灯が全て点灯しているのを見て如月は気が付く。

『そうか・・・他校と練習試合だったか!これは誤算だった、全員がゾンキーになったら最低でも5対5の球技だから10人、更にベンチも顧問の先生も補欠もなんかこう…30人はいるんじゃ?まずいまずいまずい!これは誤算!誤算だわ如月!まずは落ち着け、スーハースーハーって口で言ってもダメじゃん、ちゃんと吸わなきゃ、すーーーーーーーーーーーーーーーーーー…ふぅ…』

不思議と1度の深呼吸で落ち着いた。

『まず状況を知らなきゃどうしようもないわね、動き回らずに鍵のある強めのドアがある教室で作戦を…おお!そうだ!理科室だ!あそこは防火仕様のドアだった!
・・・・あーでもそこを開ける鍵が無い!職員室1階じゃん!ムキー!また職員室かよぉ~!でも見た感じ体育館は襲われていないわね・・・てことは下は10人そこそこのゾンキーってことか、行けるなこりゃ!!ハ!でも理科室って2階じゃん、なら1階行ってまた2階かよ!ムキー!・・・』

少し一人問答を続け『よし!』と強めに発するとまずは1階へ向かうことにした。
踊り場までゆっくりと足を運び、ひょいと下を覗き込む。まだ1人を食べるのに夢中の3ゾンキーが見えた。腸を引きずり出し、筋肉を食いちぎり、身体の皮を剥いでいる。
『やっぱリアルは迫力が凄いな・・・』とちょっと弱気。

白い眉毛をキリッと逆八の字にして、一気に階段を駆け下りた!先に気が付いた1ゾンキーの顔面に前蹴りを入れて吹っ飛ばし、自分の階段を下りてきたスピードを殺した!2体のゾンキーが気が付いて立ち上がろうとしたが、1ゾンキーは既にハンマーで脳を粉砕!
もう一体は左足で前蹴りし、転ばせる!最初に吹っ飛ばしたゾンキーが向かってきたので、喉ぼとけに左の正拳を入れ、右のハンマーで頭蓋骨粉砕!残り一体はもう一発顔面に蹴りを喰らい、頭蓋骨粉砕!この間1分かからずのスーパーゾンキーハンターが誕生した瞬間だった。喰い散らかされた女生徒の頭に『ごめんね!』と言いながらハンマーを落とす。感染してゾンキーになる、そんな苦しみを与えないための、如月のやさしさでもあった。

『うん、殺すって言うと抵抗あるけれど、やらなきゃやられると思えば問題ないわね、うんうん。だってさ、死んでるんだもの、死んだ人を殺すってあり得なくない?【三回殺すぞ】なんて言う漫画の台詞があったけれど、実際三回殺すなんてのもあり得ないわけで、今の状況だとどんなに頑張っても2回だよね、でも2回目ってのはもう人じゃないから殺すと言うより動かなくする?じゃないのかなぁ・・・
つまり私がやったのは殺人じゃなくって、スイッチを切ったって感じ?』

如月流のわけのわからない解釈だが、
もっともな部分でもある。

足元に死体がある状況下において、冷静さを保ち、尚且つ周囲の様子を伺う如月はもはや戦闘マシーンだった。
険しい顔つきになり如月は一言
『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』と言って、拳を握りしめるのだった。

もちろん意味は知らない。

壁に張り付き、やや低めに構えて向こう側を伺うと、職員室前に1体ゾンキーが居た。
あれなら行けるが、無理に倒すこともない。
何千本と観たゾンビ映画からこの状況での正しいであろう行動をここでも導き出していくのだった。

『こちらの体力温存も兼ねて、戦わずにやり過ごせるならそうしたほうが良いな、良いよね?うん良い。』

自分で答えて自分で返事をする・・・
もう一人の自分との会話方法で納得をするこの方法を
如月は【遊戯式】と呼んでいた。

『ありがとう!もうひとりの私』

『そして私のターン!』

そう呟くと、中腰でゆっくりと確実に歩を進めた。左手に持ってきた、倒したゾンキーの靴を職員室前のゾンキーの向こう側に放り投げた・・・・
ボン!ゴロゴロ・・・
職員室前のゾンキーが靴の方を向き、ウボァ~と一つうなると、そっちの方へ歩を進めた。

『やっぱりね』

音に反応するタイプであると睨んだ如月の判断が当たった事への、勝利を込めたやっぱりね・・・だった。ゾンビ映画では目が見えているタイプも居るので、如月はその有り余るゾンビ知識から確認作業を行い、音タイプ・・・と死者の書に書き込みが増えた。

すり足でススッと職員室前のドアに近寄り、
静かに開けて中へ入った。
鍵の入れてある箱を開けるのは今日2度目。
『理科室理科室・・・・』
指でなぞりながらカギについているプレートの文字を探す。

『無いし!・・・あ!!!!吉田か!』

この件の始まりの事件・・・そう、吉田とは校門前で争ってゾンキーになった三田ーズの一人、吉田先生の事である。彼は理科の教師で、理科室の管理者だ、ここに鍵がないのなら、鍵を持っているのは吉田しかいない。

『うわーまたも誤算!誤算!誤算!』

ゾンキーが外にいるので静かな声で悔しがるのだった。ここら辺は抜け目ない。そんな中如月は1つ気が付いた。

『え?ちょっとまって、じゃぁ私はこのまま外出ればいいじゃん、わざわざ吉田探して鍵見つけて2階に立てこもる必要ないよね、うん』

そう納得すると足早に出口へ向かった。

ドアを静かに開けて顔を出すとこちらに悲鳴を上げながら、走ってくる金髪女が目に飛び込んできた。

『もーーーしわけございませーーーーん!』

『あちゃぁ・・・・』

眉間にしわを寄せ、左手で顔を覆った如月。
古臭いリアクションだが今の状況には一番合っている。

『睦月!睦月!睦月ー!』

如月を見つけた金髪女は如月の元へ駆け寄った。パイ・ロンだった・・・。

『わかってるけど、一応聞くね、
どうしたの?』

如月が冷静に、ゆっくりパイロンの両肩に手を置いて、その青い目を見つめながら言った。

『なんかね、なんかね、人がね人をね、食べちゃってね、もうねもうね、申し訳ございません』

パイロンの口癖は【申し訳ございません】だった。忙しい父親が電話でいつも『申し訳ございません』と言いながら頭を下げているのを見てきたので、いつしか自分の口癖になったようだ。

『いい?落ち着いて、深呼吸』

そういうと如月はパイが来た方を改めて確認した。
1・・・2・・・3・・・
明らかに如月が呼び込んだあの4体のゾンキーと、先ほど靴を追ってウロウロしたゾンキー合わせて5体、更に、パイロンが見た襲われたであろうゾンキーが2体居た。

狭い廊下に隙間なく居るので走り抜けるのは無理と判断した如月。
そのうちのゾンキー4体は、呼び込んだのが自分だと言う罪悪感は微塵も、一欠けらも、1mmもなかった。しかし幸いなことに先頭はあの【吉田】だった。如月にとって今一番大切なのは目の前の鍵であり、この校内のパニックは自分の責任でもあるなんてのは、微塵も、一欠けらも、1mmもなかった。

スーパーポジティブもここまでくると災害だ。しかしこの前向きさは、こんな状況下では武器になる。如月は少し考えるとパイにこう言った。

『パイロン、よく聞いて・・・』
『囮になって』

恐ろしく前向きな作戦が解き放たれた。


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