【グッドプラン・フロム・イメージスペース】 「百年の姑息」 (No.0246)


「投資だっ!!」

ケシマルは抜けるような青空を仰ぎながら叫んだ。
同じようにそれまで長く頭を悩ませていたカルイシも、親友のその言葉を聞いて自分の心の中で混ぜ続けていた言葉のパズルがピタリと嵌った感覚を覚えた。
カルイシはケシマルの顔に目を向ける。
ケシマルの顔はまるで自分の顔のように見えた。
彼のその爽やかな表情はまさに今の自分の心の中のようだった。

「間違いないよケシマル。絶対に投資だよ。それが一番合点がいくね。」

ケシマルの耳に親友の言葉が届く。それは周りに響き続ける数え切れない数のセミの声をすべて忘れさせる言葉だった。
その称賛の言葉は、食後の彼らを熱し続けていた日差しよりも彼を熱くさせた。
大切な友人からもらったその言葉と、これぞという解答を見出した興奮でケシマルは走り出した。
目の間の友人の中にあふれる弾けるような興奮に、一瞬遅れてカルイシも走り出す。

限界まで締め付けてもなおまだゆとりのあるキャップが、走り出した二人の勢いと夏の熱風で今にも飛ばされそうだ。
公園と名付けるのも憚られるようなささやかなベンチだけが取り付けられただけの住宅街の一角から、おもむろに走り出した二人は2,3の信号を通過してスーパーへとたどり着いた。
無地のランニングに半ズボンというこれ以上ないほど風通しの良い姿をしているにも関わらず二人は汗でびしょ濡れだった。
自動ドアにぶつからん勢いで店内へ入ると、氷水をかけられたような冷気が瞬時に二人の全身を包み込んだ。強烈な冷気に目眩を覚えつつも二人はアイスクリームを陳列している冷凍コーナーへ向かい、いつものチョコミントアイスを手に取った。

「これだけの発見をしたあとのチョコミントアイスはきっと格別に違いないな。」

カルイシはケシマルに言うと彼は頷き

「もちろん。それに頭を使ったんだから糖分だって必要さ。あっ」

ケシマルはカルイシの肩越しに何かを見るなり、その大切なチョコミントアイスを冷凍庫に戻しカルイシの脇を通り抜ける。カルイシも同じくアイスを戻して後を追った。

「どうした?」
「クイズをしよう。」
「クイズ?」
「そう、クイズだ。今わかったんだけど、ここにはいろんな商品がある。それを使ってクイズが出来ると思ったんだ。」
「それはどんなものなんだ?」
「なに大したものじゃないよ、ちょっとした連想ゲームみたいなやつだ、例えば」

ケシマルはたまたま側にあったヨーグルトを一つ手に取った。

「君はこのヨーグルトを見た時、なにを思う?」
「それはもちろん例のスキャンダルだよ。寝てないやつさ。当然だろ? 何しろ小説にもなったし、あれから名前もイメージカラーまで変えて逃げたんだから。」
「そうだよね。」

ケシマルはヨーグルトを戻した。

「そんなふうにさ、ここにある商品を見ながらなにを連想するかをお互いでやってみようと思ったんだ。」

ケシマルはカルイシが返答をする間も与えず歩き出し、パンのコーナーへと進み指を差した。

「じゃあ、これはどう?」

カルイシはケシマルの示すソフトな食パンを見るなりすぐに連想が浮かんだ。

「臭素酸カリウム!」
「添加物!」
「偽善者!」

ケシマルはそれを聞いて満足気に笑い、チョコなどのお菓子コーナーへと進み指を差す。

「うーん、毒物事件! あ、アキエだ! こっちは黒幕かな?!」
「いーね。つぎはこっちだ!」

ケシマルはフードコートの方向へと進み出した。
カルイシは解答に夢中になりすっかりアイスのことを忘れてしまっていた。
お昼の時間をだいぶ過ぎていたためか、コーナーの座席はどこもガランとしておりどこの店舗も看板のネオンだけが毒々しく光を放っているだけだった。
ケシマルは全体が見えるあたりで止まり、店舗を指差した。

「うーん、いっぱいありすぎて何から言っていいものか・・・。」

カルイシは指差された毒々しい看板に目を向けつつ言葉を詰まらせた。

「・・・やっぱり人肉かっ! 子供の歯! 緑色の肉! 添加物の塊! ブラック企業! 奴隷労働! スーパーサイズ!」
「流石にありすぎるね。何を言っても全部当てはまる勢いだ。切りがない。あ、じゃああっちは?」

ケシマルは別の店舗を指差した。

「中華か、、、なんだろう、ブラック研修かな?」
「うん、それも勿論だしブラック企業はそうなんだけど、あれはやっぱしナメクジだね。」
「あっそうだった。本社のチェックが完全にザルで保健所も一切機能していないんだったね!」

二人はクイズを解き終えると、熱くなった気持ちと身体が本来ここへ来た目的を今一度思い起こさせてくれた。ケシマルもカルイシも、共に申し合わせたかのように踵を返してあの強烈な冷気を放つアイスクリームのコーナーへ進んだ。
二人がさっきの冷凍庫に戻るとまださっきのアイスは売れることなく残っていた。彼らの指の跡に溶けた霜がもう一度冷やされ始めていたようで、艶やかな輝きを見せていた。
二人共、自分の指の跡がついたアイスを取りレジへと向かった。


二人の少年は走る。
冷たいアイスを食べた後、いつもの街を、自分たちの住む大切な街を走り抜けた。
二人が走ると熱風が吹くこの街に、涼やかな風が巻き起こる。

彼らは走りながら色々なものを見た。

一人が池を見れば、もう一人も池を見た。
一人が猫を見つければ、もう一人も猫を見た。

彼らの流れ続ける視界には、街にある様々なものが映り続ける。

歩道の隙間に咲く小さな花を見つける。
僅かな空き地を使った農地に育つネギを見つける。
懸命に芋を掘る小さな子どもたちを見つける。
公園でボールを追いかける犬たちを見つける。
汚いポスターが貼り付けられた無様な家を見つける。
真夏で素顔を隠す惨めな大人を見つける。
片手で小さな扇風機を顔に当てながらも、真夏で素顔を隠す惨めな大人を見つける。
真夏で素顔を隠す惨めな大人の集団を見つける。

少年たちにはどれもこれもが同じに映った。
みんなが、誰も彼もが、草木も動物もみんなが同じように一生懸命に見えた。

公園で遊ぶ子ども
道端に生えた草花
木の枝に止まる鳥
顔を隠す大人

みんなが一生懸命に遊んでいるようにしか見えなかった。

二人はいつも楽しく遊んでいた
走り回って
何かを投げたりして
掴み合ったりぶつかり合ったり
クイズをしたり本を読んだり調べたり
誰かに何かを教えたり
ただただ生きることとひたすらに遊ぶことが、この少年たちには同じことだった。
顔が笑っているときも、そうでないときも、結局彼らには同じだった。

どちらであっても、楽しかった。
走り回りはしゃぐ彼らが通り過ぎる保育園からは、彼らにも負けない元気な歌声が園の外にまで響いている。


あなたは大人になったのに どんどんちっちゃくなっちゃった
あなたが子どものこーろーはー
あんなに大き かったのにー

だけど 

がんばってーまだやれるー
これからおおきくなりましょねー

がんばってー まだできるー
今日からおおきくなりましょねー


「あ。あんちゃん」

彼ら二人の前にいた大きな泥の塊が話しかけてきた。
それはよく見ると泥だらけの麻袋を抱え込んだ女の子だった。

「ハナコ」
「こんちわハナコ」

ハナコは泥の塊のような麻袋を両手で前に抱え込んでいたためか、カルイシにこっくんと頭だけを下げて返事をした。

「あ、あの、こんにちは。」

ハナコの隣にいた女の子が声をかけた。彼女は手提げ袋を身体の前で両手持ちしていたので丁寧に腰を曲げで挨拶をした。

「やぁこんにちわ。初めましてかな? ハナコ、この子は?」

ケシマルがハナコに尋ねる。

「この子達はジャガイモです。」

ハナコは両手で抱えた泥の塊のような麻袋を差し出すように見せつけながら答えた。

「そうかハナコ。ではその隣にいる子は誰かな?」

屈託のない笑顔で答えたハナコの回答を聞いてやや呆れ顔で黙ってしまった兄の代わりにカルイシが尋ねた。

「カスミさんです。カスミさんが持っているのもジャガイモです。」

カルイシとケシマルは二人がどこに行っていたのかを理解した。よくよく見ればハナコほどではないにしろ彼女も泥だらけだった。

「掘ってきたんだね。どれよく見せてご覧。」

ケシマルが言うと、二人は自分たちの成果をこれでもかと言わんばかりに見せつけてきた。

特にハナコは二人に袋を傾けて中身を見せつけたためにジャガイモが転げ出てしまい道路に芋が散乱してしまった。ハナコの麻袋は上を折りたたんで封をしているだけだった。

「あーっ!」

ハナコは大声で叫んだ。
それはそれは大きな声だった。

彼らのいる道沿いにある家の柵から鼻を突き出して覗き込んでいたレトリバーがビクッと身体を震わせ、街路樹の赤いツツジの花に止まっていたキチョウが一度蜜を味わうことを諦めて羽を羽ばたかせるほどだった。
皆がワラワラと散らばってイモを拾う。
あっちだコッチだ、と騒がしく慌てふためく彼らの姿をレトリバーが仲間に入りたそうに眺めていた。


二人は妹たちと別れまた走り出す。
空がオレンジになりかけたことに気づいた二人は顔を見合わせるなり速度を上げた。
無作法なほどに大きなノイズだらけの放送が響き渡り、現在の時刻と子どもたちの帰宅を促していたが、彼らの耳には響かなかった。
彼らに聞こえるのは自分たちの熱い鼓動とお互いの足音だけだった。

息を切らした二人が足を止めたのは、そろそろ閉館を迎えようとしている市立図書館の玄関前だった。
二人は揃って重苦しいガラスドアを押し、二階へ向かう階段を見上げた後、素通りしてその先にある冷水機で喉を潤した。
灼けたような身体を冷水と室内の冷気で冷まし、玉の汗をTシャツの裾で拭うと二人は改めて階段を進んだ。

階段を登りながら二人はウェストポーチをまさぐって準備をした。
中からICレコーダーを取り出し電源を入れるとケシマルは首から下げ、カルイシはポーチへ戻して少しジッパーを開けたままにした。
入り口には物々しく液体スプレーが据え置かれ、無粋で毒々しいポスターが貼り付けられ、利用するものを脅迫していた。

二人はそのどちらの脅迫攻撃にも屈すること無く入館した。入り口すぐに貸出しカウンターがあり、そこには素顔を隠した女性係員がおり、二人が素顔で侵入したことを汚らしい眼光で確認すると無礼にも二人を指差し、立ち上がろうとした。

しかし、その瞬間ケシマルは首から下げたICレコーダーを右手に取り、係員の真似をするかのごとく彼女の方へ突き出した。
彼女の鈍く光る眼がケシマルの突き出すICレコーダーの小型画面から放たれるオレンジの輝きに染まる。
そして女性係員は何かを言いかけた口を閉じてすぐに腰を下ろし、その泥のような目を彼らから逸らした。

二人は顔を見合わせ、以前に教わった退治法が今回もうまく行ったことを密やかに喜びあった。
顔を上げて天井から吊るされたコーナーの表示札を探り、目的の場所へ進む。

「あった。ここだ。」

二人の前には彼らの年齢に似つかわしくない、ビジネスや投資に関する書籍が並んでいた。ケシマルはその中から投資関連の書籍を取って、本のまえがきに目を通し始めた。

「ケシマルどうだ?分かるか?」
「うん。ある。」

ケシマルはそう返事をすると本を戻し、別の投資の本を取り同じようにまえがきを読み始めた。
カルイシも返事を聞くなり同じように本を取り読み出した。
そうやって二人は棚にある大仰なタイトルや目立つ装丁の投資関係の本を手に取っては戻しを繰り返していた。

そして目を通し終えるとケシマルはカルイシに手を差し伸べ、二人は熱く握手をした。

「やっぱり見立て通りだったよ。やったね。」
「ああ。これは間違い無いだろう。」
「これが全てでは無いが、しかし大きな動力源だ。これが様々な悪や破壊を求めているわけだ。」
「そういうことだね。シンプルなもの、正しい物は極めて少ない。だが」
「だが悪は無限だ。何しろ嘘なんだから。嘘は無限につくことが出来る。無限に増やせる。」
「『創造』なんて綺麗事を吐いたところで、それはつまり嘘で悪なわけだ。だから増やせる。」

ケシマルはズラリと並んだ投資関係の本の背表紙を撫で、一冊を取り出した。

「人は利益を求める。必要ではあるけど、しかし人生に使い切れないほどの財産は不要なはず。多くの人は自分の人生を尋常に過ごすことを望んでいる。だからそれが満たされる程度で満足するもの。」
「実際、年収の増大と幸福度の関係は、ある金額からはほぼ一定になって増えなくなると言われているし。」
「誰だって美味しいものが好きだけど、別に食べてばかりを求めるわけじゃ無い。そんな人の方が異常だ。」
「人には予め、ここまででいいや、というような上限があるんだよきっと。それは前から気づいていたけど、だからこのことが引っ掛かっていたわけだ。」
「そう思う。でも現実は違う。無駄なことをする、それどころかとんでもない異常な破壊行為が多々ある。山だって壊すし、川だって汚す。古いものを大事にさせず、とにかく捨てさせるんだ。」
「何故捨てる?まだ使えるし、どうせ似たようなものが日々の生活に必要なのに。そして実際にすぐにまた買うんだ。捨てずにうまく保存する事に何故努力をしないのか。とにかく不自然だった。そんな事ばっかだった。どうしてこんなに世の中が訳の分からないもので溢れ、不要だったり狂ったものに莫大なお金が投じられるのか、それが分からなかった。」
「余計なことをする訳だ。それが分からなかったけど、今はわかるね。」
「うん。つまり余計は求められていたんだ。」

ケシマルたちが目を通した本のまえがきには決まってこのようなことが書かれていました。

「お金儲けは良いことです」


二人は閉館前の図書館内で夢中になって話していたので、係員に注意されました。
でも注意したのは先の人ではなく、素顔のおじいさんの係員だったので二人は安心して反省出来ました。


二人は何も借りる事なくそのまま家路につきました。オレンジ色に染められながら歩いている二人は館内と打って変わってとても静かでした。
あれだけ熱っぽく騒いでいた二人は、来る時のような勢いは無くなって今ではとてもしんみりとした足取りで馴染んだ道を進んでいます。

「あジャガイモ」
「え」

カルイシは足を止めました。
大人よりずっと地面に近い目線はさらに下に落とされ、その先にはジャガイモが転がっています。
それはさっき、ハナコがうっかり落としたジャガイモの一つでした。

カルイシはそれを拾い上げます。
手の中のジャガイモには転がった時に出来た細やかな傷があります。掘り立てのジャガイモはその傷口でオレンジ色に光る夕焼けを受け止め、カルイシの瞳に瑞々しい輝きを与えました。

「こいつにしたってそうだけど、わざわざ悪いことのために育てられた訳じゃ無いんだよな。」

カルイシはジャガイモに目を向けたまま話します。
ケシマルは立ち尽くす友人の気持ちが分かりました。先ほどから黙っていたケシマルは、友人も同じことを考えていたことを悟りました。

「ジャガイモを育てた農家はもちろん、ジャガイモ自身だってそうさ。悪くなろうとして育った訳じゃ無いよ。もしそうならそこまで立派な実になるもんか。」
「こいつだって毒を持つよ。」

カルイシはジャガイモに付いた泥を払いながら言います。
泥はすっかり乾ききっていました。

「そうだね。でもジャガイモはその毒を使って積極的に人に害を与えることはしないよ。だって」

ケシマルは柵からはみ出た鼻先の持ち主の頭を撫ぜながら言います。

「そいつはそんなこと求めないからね。」

カルイシは泥を払い終えたジャガイモをポケットへ押し込みますが、入りませんでした。

「でもこいつが求めなくたってさ、こいつを使う奴が求めることはあるじゃないか。その時にこいつに出来る事はあるか?どうやって抵抗する?」

カルイシはポケットの縁に付いた泥をパタパタ払います。

「無いよな。出来ないよな。こいつには手も足も無い。言いなりになるしかない。何が正しくて何をすれば良いかなんてこいつには分からないよな。」

ケシマルはパタパタ払われたポケットの縁から乾ききった泥が粉になって落ちていく様を見つめています。

「だから、他の芋と一緒になって煮られたり焼かれたりするしか無い訳だ。」
「そんな奴ばっかりじゃないか。」



ケシマルは家に着きました。
途中で別れた大切な友人とは、最後まで少ない口数のままでした。
傷のある土の付いたジャガイモは結局ポケットに入る事は無く、友人の手の中で大事に包まれたままでした。
ケシマルは友人が今晩の夕食にあのジャガイモを食べるだろうと考えていました。


きっとあいつなら、疎かには食べないはずだ

ケシマルは沢山あったジャガイモの中で、あの傷のあるジャガイモがいちばん幸せなのではないか、と思いながら玄関を開けると、素晴らしい夕食の香りがします。

その香りの中にはハッキリと、あのジャガイモの香りが入っていました。
今さっきまでのしんみりとした気持ちは何処へやら、ケシマルの心は夕食の喜びに夢中になっていました。
慌ただしく洗面所で手を洗い、食卓へと進むと香りはより一層の賑やかさを放ちます。そこはケシマルの耳をも賑やかにさせました。

力強い換気扇の音も、グツグツと煮える鍋の音も、泣き喚く妹の声も。
炊き上がったばかりの炊飯器の蓋を開けてしゃもじを差し込む音も、母親が妹を叱りつける声も、小さな歯形のついた一ブロック丸ごとジャガイモに載せたバターが熱でゆっくりと溶けて滴る音さえも。



【グッドプラン・フロム・イメージスペース】

「百年の姑息」(No.0246)

おわり



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