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短編小説 「最後の一本、また今日も」


太陽がのぼり始め、仙台のアパートに朝の光がほのかに差し込んできた。軽く露が降りた花壇の花々は、新しい一日の到来を迎えるかのようにしっとりとした色合いを放っていた。
その中、アパートのベランダでは、ヒデがシャツの胸ポケットから慣れた手つきでタバコを取り出し、ライターのカチカチという音と共に火をつけた。彼が手にしたタバコから立ち上る煙が空に舞い上がっていった。

煙はまるで彼の心情を物語るかのように、ふとした瞬間にはくるくると軽やかな螺旋を描きながら、また別の時にはゆっくりと上昇する煙を放っていた。

彼の宣言がベランダを満たす。

「うーん、これが最後だ!」その宣言には、誓いを新たにする決意と、何度も繰り返してきた過去の挫折が混ざり合っていた。そして、これが何年も続いているのだ。

隣の部屋の窓が少し開き、カーテンの隙間からミヨコちゃんの顔がのぞいた。彼女の瞳はいつものように輝いて満ちている。

彼女はヒデにやや皮肉混じりでいつもの挨拶をした。

「また最後なの?」しかし、皮肉が混じる挨拶でもどこか暖かさも感じられるものだった。

ふぅ〜と、ヒデの口から煙が出てくる。そして、その勢いと共にヒデもいつもの挨拶を返した。

「今日が最後!明日からは吸わないよ」

彼の瞳にはその煙がまるで宇宙の星のように無限に広がって見えることだろう。彼の心の奥では、「これは最後だ」という強い決意と、「やっぱりこの味が好きだ」という甘い誘惑が繰り広げる葛藤が響いていた。

太陽が西に達するころ、仕事を終えたヒデは、歩道の木々の間から差し込む日差しを浴びながらコンビニへと足を運ぶ。コンビニの扉を開けると、冷房の心地よい風が彼を迎えた。店内の音楽や商品の配置、そして香り。全てが彼にとっておなじみのものだった。それに導かれるように、彼の足はレジカウンターの方へと向かっていた。

「絶対に買わない」と心に決めていたはずなのに、彼の口はまるで別の意識を持っているかのように、お気に入りのタバコの番号を言ってしまった。

「78番一つ」

彼が手にしたタバコの箱は、光を反射し輝きながら彼の手の中でぬくもりを帯びていった。レジを出ると、彼は深く息を吸い込みながら、「うーん、今日は特別な日だからひと箱だけ許してよ」とまるで自分を説得するように心の中でつぶやいた。

夜、アパートのベランダは微かな街灯の光に照らされていた。夜風がヒデの頬を撫で、部屋の中から流れる静かな音楽が夜の静けさと共鳴している中、彼はまたその場所で深く煙を吸い込んでは吐いていた。煙は青白く輝きながら夜空へと消えていく。

隣の部屋のベランダのカーテンが揺れ、ミヨコちゃんが明るいピンクのパジャマ姿で登場した。月明かりに照らされて、彼女の髪はまるで金色に輝いているように見える。彼女はヒデを見上げて、キラキラとした目で問いかけた。「それが本当に最後の一本?」

ヒデはその問いかけに、ちょっとばかり照れた笑顔を浮かべた。彼の手にはまたしてもその「最後の一本」と称するタバコが燃えていた。

彼はその煙をゆっくりと吸い込み、「うまい!」と夜空に向かって煙と共に声を放った。




時間を割いてくれて、ありがとうございました。

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