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短編小説 「未発掘の本」


ある日、僕はいつものように図書館に足を運んだ。図書館は僕にとって、静かで落ち着ける場所だ。ここでは、誰もが読書に没頭している。その静けさが、僕の日常に平和をもたらしてくれる。

目的は少し変わっている、もちろんそれは本を借りることである。普段は人気のある新刊や話題の作品を手に取ることが多いが、今日は違う。誰も借りたことのない本、つまり「未発掘の本」を読んでみたいと思った。それが最近の僕の小さな趣味になっている。友達には時間の無駄だと言われたがそれでも構わない、それは人気の本も変わらないからだ。

図書館の奥、あまり人の手が触れていなさそうな棚へと足を進める。ここは、新刊の本が並ぶエリアからは随分離れた、古い本がひっそりと並んでいるコーナーだ。ほこりがかぶっていることからも、なかなか人の目に触れることがないことが伺える。若い男女がひそひそしていないことを祈る。

棚の一番下の段に目をやると、背表紙が日焼けして文字が薄れた古い小説が目に入った。手に取り、その本のデータを図書館の端末で調べてみる。すると、なんとこの本、登録から今日まで一五年間一度も借りられたことがないようだ。完全なる「未発掘の本」である。

その本は、50年ほど前に書かれた日本の小説家による作品だった。タイトルは『遠い夏の歌と音』僕はその本を借りる手続きをし、家に持ち帰った。

家に着くと、早速その本を開いた。ページをめくる手が、わくわくするのを感じる。読み進めるうちに、その物語に引き込まれていった。物語は、戦後の混乱期を生きる若者たちの日常と彼らが抱える様々な思いを描いていた。彼らの苦悩、喜び、そして失った愛など、時代を超えて僕の心にも響くものがあった。

夜が更けるにつれ、その本に書かれた言葉一つ一つが、僕の中で生き生きと息づいてくる。こんなに素晴らしい作品が、なぜ誰にも読まれることなく埋もれていたのか、不思議でならなかった。

読み終わると、僕は深い満足感に浸っていた。そして、翌日、図書館にその本の感想を書いたカードを残した。もしかすると、これをきっかけに誰かがこの本に手を伸ばしてくれるかもしれない。それだけの価値が、この本にはある。

この小さな冒険が僕に教えてくれたことは、見過ごされがちだけど価値のあるものが、身の回りにはまだまだあるということだ。そして、それを見つけ出す喜びは、日常の中での小さな発見であっても、心を豊かにしてくれるものだと改めて感じた。

そうして、僕はまた新たな「未発掘の本」を探しに、図書館へと足を運ぶのだった。





時間を割いてくれてありがとうございました。

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