見出し画像

短編小説 「ちょっと前のファミレス」


久しぶりにファミレスの重たいドアを開けた。

店内にはお決まりの賑やかなファミリーレストランの空気が広がっている。昔よく通ったあの頃と同じはずなのに、どこか違う。入り口近くにある順番待ちのタブレット端末が、それを物語っている。

「やれやれ、時代が変わったな」

そう呟きながら席に着くと、目の前にはまたもタブレット端末が置かれていた。メニューを選ぶのも、注文するのもこれ一台で済むらしい。慣れない手つきで画面をタップしていく。ハンバーグ定食とドリンクバー。昔ならメニューブックを開いて、どれにしようか迷いながら紙のページをめくっていたのに、今は指先一つで決まる。

ドリンクバーに向かうことにした。これはいつも通り。コーラを注ぎ、スープを取って席に戻る。ファミレスのスープは、昔から変わらない懐かしい味がした。具材は少ないが、そのシンプルさが良い。

スープを飲み終える頃、店内の通路を何かが滑るように進んでくる音が聞こえた。顔を上げると、僕の前に姿を現したのは、背の高い寸胴型のロボットだった。白いボディにピカピカと光るディスプレイ、そして、なぜか愛嬌のある猫耳がついている。そのロボットは僕のテーブルの前で止まり、静かに僕の料理を差し出してきた。

「ご注文のお料理を持ってきましたニャー」

機械音声でそう告げられたが、感情のこもった温かさはなかった。だけど可愛かった。ロボットのトレーに乗ったハンバーグ定食を受け取り、そっとテーブルに置く。ロボットは役目を終えたかのように去って行った。僕はハンバーグにナイフを入れ、一口運んだ。熱々でジューシー。味は昔よりも美味しくなった。

それでも、何かが違う。

昔、ファミレスに来たときは、メニューブックを手に取り、しばらく悩みながら食べる物を決めた。ボタンを押し、店員さんがやってきて「ハンバーグ定食お願いします」と伝える。そのちょっとしたやりとりが、どこか楽しかったことを思い出す。待つ時間に店員さんの動きを眺め、周囲のざわめきを感じながら過ごしていた。

ハンバーグを食べ終え、コーラをもう一杯注いで席に戻った。満足感はある。けれど、それはどこか無機質な満足だった。昔、ファミレスで感じていた「ほっとするような空気感」がないことに、少し寂しさを感じた。

食事を終え、僕は伝票を手にしてレジへ向かった。レジでバーコードを読み取らせる。「ピッ」と音がして、クレジットカードをかざして会計が終わった。昔は「ありがとうございました」と笑顔で送り出されるのが普通だったが、今日はそれもない。

店の外に出て、風に吹かれながらふと考えた。

「そういえば、店員さんを見かけなかったな……」

ファミレスの風景も変わってしまった。けれど、昔の温もりを感じる時間は、記憶の中にしっかりと残っている。

またいつか、この店に来るときも、きっとロボットが迎えてくれるのだろう。けれど、僕はきっと、そのたびに昔のファミレスのことを思い出すだろう。あの頃の、店員の笑顔と、温かい声が響く店内のことを。




時間を割いてくれてありがとうございました。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?