短編小説 「タコの教室」
僕の名前はオク。海底にあるタコの学校に通っている。クラスメートたちと一緒に八本の足を机に絡ませて、先生の話を聞く毎日だ。でも、僕には他のタコたちと違うところがある。右から三番目の足だけが、真っ白なんだ。
窓の外を見ると、イカたちが自由に泳いでいるのが見える。彼らは学校になんて通わなくても、海のことを何でも知っている。速く泳げて、頭も良くて、僕たちタコよりもずっと優れている存在だ。
「オク、授業に集中しなさい」
先生の声にハッとして、慌てて前を向く。でも、イカたちの優雅な姿が頭から離れない。どうして僕はタコなんだろう。イカに生まれていたら、自由に海を泳げたのに。
休み時間、クラスメートたちは楽しそうに話している。でも、僕は自分の白い足が恥ずかしくて、いつも一人で隅にいる。
「ねえ、見てよ。オクの足、まだ白いままだって」
ひそひそと笑う声が聞こえる。僕は足を抱きしめて、さらに小さくなった。
放課後、重い気持ちで学校を出ると、夕陽が海を赤く染めていた。家に帰る道すがら、またイカたちが目に入る。彼らは仲間と楽しそうに泳いでいる。その姿がまぶしくて、胸が痛くなる。
「僕なんて、何の取り柄もないタコだ」
つぶやくと、白い足がひらひらと揺れた。この足さえ普通だったら、もう少し自分に自信が持てたのかもしれない。
その時、目の前に大きな影が現れた。見上げると、透き通る体に大きなヒレを持つアオリイカが浮かんでいた。
「やあ、君」
低く柔らかな声に驚いて、僕は後ずさった。
「ご、ごめんなさい!道を塞いでしまって」
「いや、謝ることはないよ。君の足、素敵だね」
「え……?」
思いもよらない言葉に、目を瞬かせる。
「その白い足、個性的でとてもイカしてる」
彼は優しく微笑んだ。イカしてる。イカ……してる。
「僕の足が……?」
「そうさ。自分だけの特徴を持っているなんて、素晴らしいことじゃないか」
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。ずっと嫌っていた自分の足を、初めて褒められた。
「でも、僕はタコだし、イカみたいに自由に泳げないし……」
消え入りそうな声で言うと、彼は首を振った。
「自由に見えるかもしれないけれど、僕たちイカにも悩みはあるんだよ。学校に通って学べる君たちが羨ましいときもある」
「そうなんですか……」
意外な言葉に、少し驚いた。
「大切なのは、自分が自分であることを受け入れることさ。君は君でいいんだよ」
その言葉が、心に深く染み込んでいく。
「ありがとうございます……」
顔を上げると、彼の姿はもう遠くに小さくなっていた。
僕は自分の白い足を見つめた。ひらひらと揺れるそれが、今は少し誇らしく思える。
「僕は僕でいいんだ」
そうつぶやくと、自然と笑みがこぼれた。足取りも軽くなって、思わず踊りたくなる。
「タッタッタッタ♪」
リズムに乗って海を進む。周りの魚たちが不思議そうに見ているけれど、気にならない。心が弾んで、全てが輝いて見える。
「明日からは、もっと自分に自信を持ってみよう」
学校でひそひそと笑われても、もう怖くない。僕には僕だけの良さがあるんだ。
家への道を踊りながら進むと、夕陽が海を金色に染めていた。その光の中で、僕は新しい一歩を踏み出した気がした。
「自分を好きになるって、こんなに素敵なんだな」
風が心地よく体を包む。海は広く、美しい。これからどんな未来が待っているのか、楽しみで仕方がない。
「その足、イカしてるな」
アオリイカの言葉が何度も頭の中で響く。僕は笑顔で大きく手を振った。
「ありがとう!」
声に出してみると、なんだか胸がすっとした。
僕は踊りながら、海の彼方へと続く道を進んでいった。自分だけの足で、自分だけの未来へ向かって。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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