短編小説 「ペンキ」
カインズホームのペンキ売り場でペンキを眺めていると、まるで時間の扉がそっと開いたかのように、幼い日の記憶が奥底から湧き上がってくる。目の前に広がるのは、虹のように色とりどり並んだトタン用ペンキの缶たち。それぞれが独特の輝きを放ち、僕を昔へと誘う。一つ一つ手に取るたび、その色が僕の中の何かを刺激して、昔の冒険へと思いを馳せさせるんだ。
近所の家のトタン屋根を無邪気に駆け回ったあの日々。塀の上をバランス良く歩き、一歩踏み外せばドキドキするようなスリルを味わったこと。それらは僕にとって小さな宇宙を冒険するかのような、貴重でわくわくする体験だった。高い場所から見渡す景色は、いつも僕に新たな世界を見せてくれた。
今立っているこの場所から、色とりどりのペンキの缶たちが、まるで子供の頃の僕を呼び寄せているようだ。それぞれの色が語る物語に耳を傾けると、僕の心は静かに、しかし確実に過去へと引き寄せられていく。
今の僕の生活は、会社員としての日々に包まれている。平日は朝から晩までデスクワークに明け暮れ、休日になれば家の中でのんびりと時を過ごす。そんな繰り返しの中で、子供の頃のようなスリリングな冒険は、すっかり僕の生活から消え去ってしまったように思える。
手に取ったのは、空を思わせるような鮮やかな青のペンキ。この色を選んだ瞬間、僕の心は何年も前の冒険へとタイムスリップしたような感覚に包まれた。確かに、これはただのペンキではない。僕にとって、これは過去と現在、そして未来を繋ぐ魔法のようなもの。これを使って何かを生み出せば、子供の時に感じた無限の可能性をもう一度味わうことができるかもしれない。
カインズホームの自動ドアが背中を押してくれるようにして僕を外へと送り出した。その時、僕の中には新たな計画が芽生えていた。この週末に何を変えてみようか、どんな新しい風景をこのペンキで描けるのか。幼い日々の無邪気な探究心と、今の僕の経験を織り交ぜながら創り上げる冒険。それがもうすぐ始まる。
人生は時に予想外にシンプルなものだ。小さな一缶のペンキが、人生の新たな扉を開くきっかけになることもある。僕は、ペンキ一缶がもたらす変化を前にして、僕の心は期待でいっぱいになった。小さな一歩が、大きな旅の始まりになる。そのシンプルで力強い教訓を、僕はこの瞬間に生きている。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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