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里見
2022年10月9日 22:11
なるべく死なないように生きてきた。 朝目覚めて、歯をみがいて、顔を洗って、化粧して、死なない程度にパンを胃に詰め込み、牛乳で流し込む。わたしの意志ではないので、ごく機械的なルーティーンだ。外に出ても恥ずかしくない程度の無難な洋服に袖を通し、誰も居ない部屋の中にいってきますを置いて出ていく。目を開けていなくても足さえ動けばきっと迷いなくたどり着ける程度に通いなれた道を歩き、喧騒の中電車に詰め込
2022年5月7日 20:13
いちばんやさしい地獄にいこうね。 私が小指を差し出すと、天使みたいな顔した少女が、悪魔みたいに微笑んだ。 少女が私の元へやってきたのは、死のにおいがしたかららしい。 「それって、クサいってこと?」と尋ねると、「そういうことじゃないんですよね」とぴしゃりと跳ね返された。「死が近づいた人間からは、熟れた果実のような香りがしますから」 ソーダ味のアイスキャンディーを小さな舌でチロチロと
2022年2月6日 03:54
ru♡が写真を送付しました。 ワンテンポ遅れて、「いまおきた」のメッセージ。 チャットアプリのポップアップ通知が立て続けに2件届いたのを見て、もうそんな時間か、と画面右上の現在時刻を確認する。「おそよう」と返信すると、瞬く間に既読が付いて、照れ笑いするうさぎのスタンプが送られてくる。「きょう」「19じ」「に」「しんじゅく」「ひがしぐち」「でいいですか」という文章を漢字に変換している間に、「ま
2021年11月19日 23:17
11月23日(火祝)に開催される第33回文学フリマ東京にて頒布予定の新刊「ちかくてとおい」に寄稿した短編「トレモロ・イド」の冒頭試し読みです。---------- あの子の髪を結ってみたかった。 教室の窓側、一番後ろ。秋風が通り過ぎて、俯いた彼女の白い頬をカーテンがそっと包んだ。黒檀の髪をかき上げて、シャープペンシルをしきりにノートに走らせている。 校則をきっちり守った膝下のスカート丈
2021年11月19日 23:24
11月23日(火祝)に開催される第33回文学フリマ東京にて頒布予定の新刊「ちかくてとおい」に寄稿した短編「宇宙猫はラーメンの夢を見る」の冒頭試し読みです。----------「それでは祈りましょう。ニャーメン」 それはもうアーメンなんよ、と心の中で突っ込みを入れながらもラーメンをすする。湯気で眼鏡が曇るので、一旦外してTシャツの裾でレンズを拭って、再びかけ直す。 目の前のモニタには、9
2021年12月4日 03:47
庇に雨粒が当たって、一定のリズムを刻んでいる。 いまはただ、その音の合間を縫って、いつ彼女に話しかけようかということにだけ思考を集中させている。 同じ教室の中でただひとり、雨宮隣だけは異彩を放っていた。 誰かが話す、同調する、なるべくリズムを崩さず、不協和音を奏でないように、浮かないように、どうでもいい男性アイドルの話題に歩調を合わせる。このなかで誰がタイプかと聞かれれば、強いて言えばこ