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「イケメンが来た」なんてうかうかしていられる場合ではなかった。

イケメンが来た。
職場にイケメンの社員が転勤してきた。
「イケメンらしい」という前評判を軽々飛び越えてくるくらい、とにかくイケメンだった。

突如やってきたイケメン社員に周囲の人間、特に女はみんな色めき立った。

緊張しているのがバレバレで、思わず「デュフフ」という笑いが漏れてしまっている新人ちゃん。
ごく普通の業務にも、まるで前人未到の偉業を成し遂げたかのような賞賛を送るお局様。
キラキラした笑顔で接客への感謝の声を伝えにくる奥様方。

余裕そうに分析しているが、当の私も例に漏れず内心ドキドキしていた。表面上は平静を装っていたつもりだが、見る人によっては私もまたイケメンに心を動かされている女の一人に映っていたかもしれない。
それはさておき、彼は今まで出会ってきた男性の中でもトップクラスにイケメンだった。
今まで出会ってきた男性達と彼が明らかに違っていたのは、彼を取り巻く人々が口を揃えて彼のことを「イケメン」と呼ぶこと。

そんな人、本当にこの世に存在するんだ。

彼が来てからの毎日は、そんな驚きに満ち溢れていた。

女は好意の漏れた眼差しで彼を見つめた。
女は上擦った甘ったるい声で彼に話しかけた。
女は彼のことを事あるごとに「イケメン」と呼び、何か業務をこなせば「さすがイケメン」、「イケメンは違うね」、「イケメンは頼りになるね」などの言葉で褒め称えた。

当初は「イケメンだとこうも周囲の反応が違うものか」くらいに思っていた。
しかし次第に彼を取り巻く人々の反応に、何だかむず痒くなるような違和感を覚えるようになった。

この状況、男女の立場が逆転しても成立するだろうか。

仮に物凄い美人社員が転勤してきたとして、周囲の男性が先に述べた女達のように色めき立っていたら、それは「性的な目で見ている」と女からは映るだろう。
男性の反応は「ルッキズム」だと批判を受けるだろう。
男性の振る舞いによっては「セクハラ」だと指摘される可能性も十分考えられる。

そんな気持ち悪い状況が、なぜ女性から男性への構図だと浮き彫りになりにくいのか。
それは「セクハラ」の世間的なイメージが「男性から女性にされるもの」という見方のまま未だにこびり付いているからではないだろうか。

イケメンに色めき立つ女達と、彼女達とは違うと思いたくても無意識に浮き立ってしまう自分の心。それらを冷静に見つめた時、私は生まれて初めて自分がセクハラの加害者になるかもしれない恐怖を感じた。

「イケメンが来た」なんてうかうかしていられる場合ではなかった。

女性だから許される、という話にはならない。
知らず知らずのうちにセクハラの加害者になってしまわないために。
そのためには、彼を「イケメン」という括りではなく、一個人として捉えることが必要なのではないだろうか。

彼に他の男性社員と同等に接すること。
彼の考え方や好み、立場を尊重すること。
彼の成果は彼自身の努力が導いた結果であると認識すること。

明日も変わらず、女は彼を「イケメン」と呼ぶだろう。
彼を「イケメン」として見つめ、接するだろう。
それでも私は、今回の気付きから彼には一個人としての敬意を持って接したいと思う。

それが、彼とその他の男性社員への最低限の礼儀だと思うから。

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