無理だと言われても信じ続けた「アート✕テクノロジーの未来」 | スタートバーン株式会社 CEO 施井泰平
ブロックチェーン技術を用いて、アートの新しいインフラやアーカイブのシステムを生み出しているスタートバーン株式会社。この壮大な構想のはじまりは、美術家であり、同社の代表も務める施井が2006年に開始したアートプロジェクトがきっかけでした。
「アート業界の人に構想を話すと、みんな宇宙人を見るような目をしていた」と施井が回顧するように、彼の壮大な青写真には懐疑の目を向けられることも少なくありませんでした。およそ15年という時をかけて、少しずつ形になるスタートバーンが描く「アート✕テクノロジーの未来」について、そしてこれまでの歩みについて、施井が語ります。
—— まずは、スタートバーンの事業について教えてください。
スタートバーンでは、主にブロックチェーンを使って、アート作品の真正性と信頼性を担保するための仕組みを提供しています。構造が大きく2つに分かれていて、世界中のあらゆるアート系サービスが作品の情報を登録できるよう、ブロックチェーン上に「Startrail」というインフラを作っているのが、一番大きなプロジェクトです。
そして、Startrail上の情報を簡単に閲覧、操作できる「Startbahn Cert.」というウェブインターフェイスの提供も行っています。ICタグ付きブロックチェーン証明書「Cert.」によって、現実世界とブロックチェーン上の情報を紐付けたり、スマホなどで簡単に情報を閲覧したり、所有者情報の登記や変更などといった作品管理ができるようになりました。
—— Startrailはブロックチェーン上のインフラということですが、具体的にはどういう構造を持ったものなのですか?
ブロックチェーンはそもそも脱中心的な構造をもっていて、特定の会社や組織だけで情報を管理するのではなく、世界中のノードと言われるコンピューターネットワークで管理をするのが特徴です。そのブロックチェーン上にアートの作品情報を登録していくことを目的に作られたインフラが「Startrail」です。例えるなら不動産の登記簿のようなものですね。不動産を登記する場所はどの国にもあって、土地の所有者や所有権の移転の履歴などの情報がきちんと共有・管理されています。
しかし、そもそもアートにはそういった場所がありません。そこで、ブロックチェーンを用いて脱中心的に、かつパブリック・ベネフィットを第一に考えた、誰でも作品情報を登録し、しかるべく人や機関に対して真正性の証明や価値に関わる情報のアーカイブが出来るようにするインフラがStartrailです。もちろん秘匿性が守られるよう、個人情報は公開されない仕組みになっています。
—— Startrailを活用することのメリットを教えてください。
例えば美術大学を出た直後のアーティストのように、有名なギャラリーに所属する前の段階、作品が流通に乗る前から作品情報をアーカイブできて、譲渡や売却、展示や修復などの記録を残せることが大きな強みです。
自分自身も美術家として活動する中で、アーカイブの課題感やギャラリーとの関係性など、若手アーティストが置かれる状況に違和感を感じてきました。アーティストの作品って、ちゃんとしたギャラリーに所属しないかぎり、きちんとアーカイブもされないですし、まともな評価の対象にすらならないんです。でもちゃんとしたギャラリーに所属出来るアーティストはほんの一握り。その高いハードルを超えるまでは一人で「死の谷」で戦い続けるしかありません。スタートバーンを始めたのは、そうした状況に問題意識を持ち、テクノロジーを使ったアートのインフラで、アーティスト全体の活動を活性化したい、という思いをもったことが背景にあります。
もちろんアーティストのためだけではなく、アートの価値付けをしているアート関係者――コレクターやギャラリー、オークションハウス、eコマース、美術館、学芸員、研究者など――にとってもメリットのある機能も数多く用意してあります。
—— ブロックチェーンはご自身で学ばれたのでしょうか?
2015年末に、ブロックチェーンが自分の考えていた課題解決に有効なんじゃないかという予感を覚えて、2016年はじめからSolidity(Ethereum上のスマートコントラクト開発言語)のリファレンスを読んだり、ブロックチェーンの可能性を調べ始めました。長らく同様の研究があったAIなどと違い、いわば突然世に出てきた技術だったこともあって、知見のある人が東大内にもあまりいなかったんですが、だからこそ新規で参入するチャンスだと独学で設計していきました。その後「ブロックチェーンを使う意味は?」と全てのブロックチェーン開発者が問われた時期を経て、オラクル問題や脱中心構造の純粋性問題、ICOムーブメント、プライベート/パブリック/コンソーシアムチェーン論争、プロトコルの選択、ガス代高騰問題など、数多くの選択と意思決定が迫られてきましたが、特に迷うことなく最適解を選べてきたように思います。現在は経験豊かなプロのエンジニアが構築した解像度の高い設計になっていますが、ベースの部分は僕の設計が活かされています。
—— 新しい構想を話していく中で、アート業界からはどのような反応がありましたか。
最初は、それこそ宇宙人を見るような感じでしたよ。そもそも「アート×テクノロジー」のスタートアップも、ブロックチェーンの事例もなかったときに急に出てきた人間でしたから。非常に警戒もされました。でも早い段階で『美術手帖』さんのブロックチェーン特集号で巻頭に掲載していただいたことから、アート業界への認知と理解が進み、いろいろなきっかけが生まれました。とくに最近あった平山郁夫さんの贋作問題のような身近な事例やNFTのような刺激的なニュースが出てくると、前から発信していたメッセージが「なるほど、そういうことを言っていたのか」と、受け入れられるようになってきたと感じます。
—— Startrailによって、アーティスト側とアートを購入する側、それぞれのどのような課題が解消されるのか教えてください。
社会的な背景として、流通しているアート作品の半分は贋作が混じっているというデータがあります。だから作品を鑑定するようなエンターテイメントが成立する。そもそも自分が買った作品が本物かどうかというギャンブル性が宿っていることが、アートの1つの性格になってしまっているんですね。ちゃんと公的に登記できる場所があり、信頼性の高い取引ができれば、作品に対して、より正確な評価ができるようになるし、所有者も安心出来る。これが一番のメリットです。
展覧会のキュレーションも楽になると思います。通常は展覧会を企画してから趣旨に沿った作品を探すのですが、このリサーチには膨大な時間とコストがかかるんです。ブロックチェーンを辿れば、今どこに作品があるのかがトレースしやすくなります。もちろんコレクターのプライバシー保護を第一に考えて、個人名や取引金額などの情報はブロックチェーン上に記録しない仕組みになっているのですが、プライバシーを保護したままのマッチングも技術的には可能ですし、そうなればキュレーションの方法は明らかに変わってくると思います。
作品の情報を未来永劫に残すアーカイブとしての活用意義もあると思います。ルネッサンス時代のアートは、評価の高いものしかきちんと残っていません。もしその当時の若手や無名作家が作ったアートが残っていれば、より広い視点で当時の時代背景を研究できたのではないかと思うんです。過去と未来がちゃんと繋がることで、情報が少ないことが前提だった今までのアート業界とは違ったものになってくるはずです。
—— このインフラが、美術業界も含めて広く一般的になったときに、歴史的にはどのようなインパクトがあると思いますか。
1936年にドイツの文化評論家であるヴァルター・ベンヤミンが記した『複製技術時代の芸術』が出版されたときと同じぐらいのインパクトがあるんじゃないでしょうか。NFTも含め、デジタルや複製品は現実を補助するものであって、アウラが宿らないとされてきた。しかし、これからは現実を補助するものにより強く真正性が宿り、デジタル作品にも実存が生まれるという、今までの定義を覆すことが起きてきます。そもそもの作品の扱いやデジタルという概念など、いろいろなものの考え方が覆っていくのではないでしょうか。
—— スタートバーンがこれまで提供してきたNFTと、昨今ブームになっているNFTの違いを教えてください。
技術的には同じものですが、大きな違いは「何に発行するか」という点と、その背景にあるカルチャーだと思っています。昨今ブームになっているNFTアートはデジタル作品に紐づけていますが、スタートバーンでは絵画や彫刻などの物理的な作品に紐づけることに特に注力してきました。
NFTブームで、アート業界のセオリーと異なる評価軸の作品が発表されたり、新たな販売や発表の方法が生まれていて、アーティストとギャラリーやオークションハウスの関係性も予想外の展開が起きています。その一方で、我々は歴史ある既存のアート業界固有のエコシステムに根差すような仕組みを目指しています。
我々も既にデジタル作品への対応は開始していますが、上記のような新たなカルチャーに対していかにバランスよく対応していくかというのは現状の課題です。
—— ちなみに今のNFTアートのブームについては、どのような目で見ているのでしょうか。
思っていたよりもかなり早くブームが来たな、というのが正直なところです。ブームが去っても、未来永劫、NFTはアートをはじめ、さまざまな形でこれからの僕らの生活を支えていくでしょうし、紙のように当たり前の存在になっていくはずです。地元の喫茶店に行って、馴染みのマスターが「今日は雨の日だからこれあげるよ」と言いながらNFTをくれる、みたいな……そのくらいの日常レベルで広がっていくと思います。
とはいえ、今のNFTの環境は整っているとは到底言えません。そんな状況でブームになってしまって本当に大丈夫かな、と思ったりもします。StartrailやそのインターフェースであるStartbahn Cert.の背後にあるのもNFTですが、現状ムーブメントになっているNFTマーケットに対しても課題解決に繋がるソリューションを用意しています。
—— 今年5月には現代美術家の池田亮司さんとコラボレーションし、彼の初のNFT作品「A Single Number That Has 10,000,086 Digits」を発表されていました。どういうきっかけで始まったのか、そしてこのプロジェクトで何が達成できたのかを教えていただけますか。
きっかけは「アートフェア東京」でTARO NASUの細井さんから池田さんをご紹介いただいたことです。池田さんは、いわゆるNFTのマーケットの熱狂自体にはご関心はなく、「デジタルアーティストがどうデジタル技術の課題と対峙していくか」という側面に強い意識をお持ちでした。デジタル作品に実存が生まれることなど、NFTという技術はデジタルアートの流通の根幹を揺るがすものだと感じ取っていたんです。
ただ、実際にNFTアートをどう考えればいいのか、またどう発表すればいいのかという点については、数々のオファーを受けながらも悩んでいました。そんなときに、僕らがアート作品として、流通のことや、長期的な管理を想定したインフラを用意しているという話をして意気投合したんです。
(作品を発表した)サザビーズのオークションでは、NFTアートとしてキュレイテッド・セールに出された数ある作品の中で池田さんだけがStartrailを使っていたので、かなり変則的なやり取りをしています。弊社としてはこのプロジェクトによって、Startrailがグローバルのオークション取引でも活用できることを実証できたと感じていますし、Startbahn Cert.を使ってくれる人にとっても安心材料になったのではないかと思います。
—— 中長期的な目標を教えてもらえますか。
長期的な目標は「まだアートの存在を知らないような人たちにも提供できるようなインフラを世界中に広める」こと。そのためにはまず、今アートを作っているコアな人たちが利用してくれることが何よりも重要。その第一歩として、コレクターが喜ぶ機能を充実させたいと考えています。コレクターが喜んでアートを収集してくれれば、ギャラリストやアーティストもうれしいはずなので。
約15年間にわたりアートやブロックチェーンの関係性を考えていく中で、最初は理解されづらかった部分もあったと思いますが、今では随分認知も広がってきたことと思います。やっていて良かったなと思うことはありますか?
起業する前は、僕がビジョンを話しても「サザビーズとかクリスティーズみたいな、世界のアート関係者を巻き込まないと絶対できない」と言われてきました。それが今は、そういう人たちも相手にブロックチェーンの話をしているわけです。これは僕が同じ課題に向かって突き進んできたからだと思いますし、そういった覚悟やぶれない姿勢は、これからも示し続ける必要があると感じています。
僕の原動力は「むかつき」です。幼少期も含めて過去に言われてムカついた気持ちや、悔しかった思いが一番根っこにある。だからやりたいことを全部叶えて、ムカつくことを言ってきた人を言い負かす……のではなく、抱き締めてあげるという完全勝利をしたいなって、心のどこかでずっと思っています。
(聞き手・文:奥村健太郎)
施井 泰平
代表取締役 最高経営責任者 (CEO)
1977年生まれ。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年よりstartbahnを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。東京藝術大学での教鞭を始め、講演やトークイベントにも多数登壇。特技はビリヤード。