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【 アートを自由に楽しむために 】田口美和 × 施井泰平


現代アートの普及にも献身しながら、質の高いコレクションを引き継ぐ、タグチ・アートコレクションの田口美和さん。父親の弘さんから始まり、国内に限らず海外のアーティスト作品も取り入れたコレクションは、約500点にも及びます。

アートの現場を熟知し、豊富な知見とネットワークを持つ彼女を、昨年スタートバーンのシニア・アドバイザーとして迎えました。


今回の記事は、ビッグ・コレクターとしてアートに対する鋭い視点とビジョンを持つ田口さんと、現代美術家としてアート業界の課題にテクノロジーで挑むスタートバーン施井の対談。

アーティスト、ギャラリー、コレクター、アートに関わる全ての人が、もっと自由に安心してアートを楽しむために必要なものが何か。それぞれの視点で多角的に語ってもらいました。


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アートの世界を
広く鋭い眼差しで捉える


田口 一番最初に施井さんのことを知ったのは、父が「こんな会社があるみたいだよ」と言って見せてくれた新聞記事でした。日経産業新聞の一面に「アーティストが活動しやすいような仕組みをつくっていきたい」というビジョンを持つ若者として、施井さんが紹介されていたんです。

施井 2016年の2月だったので、ちょうど5年前ですね。

田口 それから、巡り巡ってシニア・アドバイザーに就任させてもらって、なんだか不思議な感じです。笑

施井 スタートバーンが正しく前に進んでいくためにアドバイザーが必要だという課題は、ずっと前から持っていたんです。以前から田口さんが適任だろうなという感覚がありました。テクノロジーの可能性を、アート業界全体を俯瞰しながら捉えている。自分のメリットが先行しやすいなかで、全体を見渡して考えているコレクターの方の存在は貴重だと思いました。

田口 新しいテクノロジーって、ある程度は旧来型の仕組みに変化を与えるものですよね。どうしても人間は保守的になってしまうから、なかなか前に進めないということがある。私は、そういう価値観や感覚の変化に対してあまり抵抗を感じない方だと思います。父の宇宙人ぶりを見ていたからかもしれません。笑 彼は、どこか施井さんと似ているなと思うところがあります。

施井 え〜!そんな光栄な!笑

田口 「社会のインフラをつくる」というビジョンは、父も昔から意識していることです。社会全体を俯瞰しながら広く利益を提供できるような仕組みをつくるには、どうしても旧来の価値観とぶつかってしまうと思うんです。大変だからこそ意味があるというのが父のポリシーでした。

特に、アートの世界には古い慣習や価値観が残っていて、何か変えていく必要があるということは感覚的に分かっているようです。それが、ブロックチェーンのような新しいテクノロジーであるということも。だから、施井さんのやっていることは父にとっても興味があるみたいですね。



アート作品の裏にある
「得体の知れない、もう一層」


田口 もちろん私自身も興味を持っているんですが、私の場合は特に著作権まわりの可能性なんです。せっかく作品を持っているのに、それを展示したり写真を撮って本やインターネットに載せたりしたいとき、その申請や許可のやりとりが弊害になっている。

作品はここにあるのに、その実態は別にあるというか——。アートには、「モノ」としての作品の裏に「得体の知れない、もう一層」があるんですよ。私は、それって「情報」なんじゃないかと思っています。「モノ」としてのアートを所有することと、「情報」としてのアートを楽しむということが、決してイコールに存在していないんです。


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施井 「得体の知れない、もう一層」、まさにその通りですね。

田口 作品そのものを所有する権利は持っているのに、それを紙やTシャツにプリントして楽しむことも、勝手にはできないですよね。何かカタログをつくって載せたいと思っても、色やレイアウトのチェックを通さなきゃいけないとか——。それから、作品を展示する権利は持っているけれど、第三者に作品の写真を撮ってもらったりするには、また別の許可が必要になる。

せっかく持っているなら、色々な楽しみ方がしたいし、より多くの人の目にも届けたい。でもなかなかそれが上手くいかない。むしろ今は、著作権の団体ができたり、どんどん厳しくなっていますよね。もっと際限なく上手に流動させる方法はないのかなと思っているんです。

施井さんから「Startbahn Cert.」の話を聞いたときに、それを解決できる仕組みかもしれないと強く感じました。施井さんがやっているのは、アートにある「もう一層」を流動化させることによるデモクラシーだと思うんです。

施井 先日「PLANETS」の副編集長である中川大地さんから、「チームラボや落合陽一は、文脈に依存しない『原理のゲームの強化』を行っている。一方、スタートバーンは『文脈のゲームの介入』を行っている。デジタル技術を使っていることは同じでも、そのアプローチや位置付けが異なる」という鋭いコメントいただいたんです。(*)

スタートバーンは、アートの世界が重じてきた文脈や歴史というものをデジタルに残していく試みであると——既にアートの人たちは、田口さんがおっしゃっている「得体の知れない、もう一層」として「情報」を扱っている。でもなんとなく無意識的で宙ぶらりんになってしまっているんですよね。

田口 なってますね。それこそ文脈を引き剥がすのもひとつの動きであって、これも「情報」なんです。だからこれ自体は歴史に残すべきものであって、そうなると結局スタートバーンに戻ってくる。笑

ブロックチェーン証明書の「Cert.」が普及すれば、アートの価値につながる「もう一層」が未来永劫に残っていく。それぞれのアートに永遠の命が与えられると思うんですよ。だから、「アートの命を繋いでいくための血管」のようなものになるとイメージしています。

施井 やりたいことの真髄の部分を共感していただいていて、すごく嬉しいです。

田口 それによって、より多くの人が身近にアートを楽しめるようになるという点では、デモクラシーとも言えますよね。私自身、コレクションを色んな人に見てもらって、アートと触れ合うきっかけにしてもらいたいという想いがあります。都会のごく一部の人たちが楽しむものに留めたくないから、地方にも持って行きたいんです。

とはいえ、どんな作品でも良いわけではなくて、きちんと世界のアートの「本流」を感じてみてもらいたい。そしてその「本流」というのは、やっぱり歴史がつくっているんです。だから、この歴史を残す部分とデモクラシーの部分を実現しようとしている施井さんの取り組みは、私の夢をさらに広げたところにあります。



トップアーティストの作品も
自由にセキュアに楽しみたい


田口 特にこの業界では、やっぱり感覚的に、形あるものや紙に慣れてしまっていますよね。だから現状は、作品の真正性を証明するのに紙の書類を使ってますが、これにはギャラリーやスタジオによって独自の方法があって、統一されたテンプレートや形式がない。それに、その紙をどこかでなくしてしまうかもしれない。

施井 この証明書は何を根拠に真正性を証明しているんだろう...というところが曖昧ですよね。

田口 それから最近は、作品のあり方もどんどん多様化しています。デジタルな作品なら、簡単に複製ができてしまうかもしれない。逆にすぐに劣化してしまうような素材の作品なら、その情報こそが大切になる。やっぱり、作品が生まれた最初の段階から、将来消えてしまわない形で情報を残しておく必要があると思います。

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施井 最近は贋作のクオリティもどんどん高くなっていて、作品の再現度がすごく高くなってしまっていますよね。最新のAIやロボットハンドを使えば、実際の絵や筆跡を分析して、まだ描かれていない作品を再現することすらできてしまう。もし今レンブラントが新しく作品をつくるなら...という絵が描けてしまうんですよね。物によっては筆跡鑑定をしても見破ることができない。

そういった技術が発展しているなかで、作品の真正性や信頼性を担保するために、きちんと作品の出所や来歴などの情報は残していくことが重要になると思います。

田口 結果的にアーティストやギャラリーは、レゾネのようなものが自動でアップデートできるようになるというメリットも得られますね。Cert.を発行しておけば、それらの作品を全て自動でまとめてオーソライズに使うことができる。紙のレゾネで参照している時代は終わりなんだと思います。ずっと楽になるはずです。もちろん、紙のレゾネも愛でるものとしては良いですけどね。

施井 色々な作品管理が、簡単でセキュアで正確になっていくと思いますね。圧倒的に利便性が高まると思います。さらに、きちんとプライバシーを保護しながら実現できるというところが重要だと思っています。

僕がスタートバーンでやっていることは、「市場の透明化」や「サプライチェーンの可視化」と思われて、個人情報が流れてプライバシーが損害されてしまうと勘違いされてしまいがちです。でも実際にやっているのは、作品の「信頼度を高める」ということ。残すべきなのは作品の信頼に関わる情報であって、所有者の個人名や取引価格のようなプライバシーに関わる情報は、ブロックチェーンに記録しません。

田口 たとえば、私がいくらで作品を売買したかなどは開示されないということですよね。ブロックチェーンを通してみんなで共有する情報と、個人や各々のサービスの中だけで秘匿的に管理される情報が違うということ。何でもかんでもオープンにされちゃうんじゃないかという不安は、きちんと拭っていけるといいですね。


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田口 簡単になるのは、著作権管理についても同様ですよね。大御所アーティストさんの作品ほど扱いが難しいですが、むしろ大御所の作品ほど自由に使えた方がいい。そういった管理が簡単になれば、アナログでレゾネをつくり直さなくても、きちんとルールに沿った形で、もっと自由にたくさんの人が作品を楽しむことができるわけです。

施井 これから大御所になるかもしれない人も同様ですね。自分の作品を手放してしまう前に、今後の管理のために準備しておく必要があると思います。



「売れる」作品より
「本気」の作品をつくりたい


田口 自分の作品が今どこにあるかを把握したくて、セカンダリーのオークションをモニタリングしているアーティストもいるみたいですよね。意識せずに色々な人に売っていたけれど、今はどこにあるんだろうと気になるみたいで——。

施井 「あいつ元気かな?」みたいな気持ちですよね。笑

数は少ないですが、僕も作品を販売していたことがありました。実は先日、SNSで海外の方からメッセージをもらったんです。「あなたの作品持っています」って——。ニューヨークのバーの壁に埋め込むような形でつくった6mくらいの作品だったんですが、数年後にそのバーがなくなってしまったので作品も壊されたかなと思っていたんです。なんと、壁ごと綺麗に剥がして、そのコレクターの方が持っていてくれたみたいなんです。すごく感動しちゃいました。

田口 ええ、すごい!その人のところに行かないとね。笑 それにしても施井さんの作品はいつも大きいんですね。

施井 僕、小さい作品をつくるのが苦手だったんですよ。目的に合わせてつくりたくなかったんです。売るためにアートフェアに出すとか、そのために売れるような作品をつくるというのが、当時すごく嫌でした。そういうのを作って売れなかった時に、寂しい気持ちになるから——。ギャラリストからは面倒な子と言われてましたね。笑

田口 あーなるほど。アーティストさんってそういう気持ちになるんですね。

施井 それこそ自分の作品が置いてあるアートフェアにも行きたくなかったんです。「なんで見にこないの」といつも怒られてました。笑 でも僕が作品の説明をすると、色んな人が「面白い」と言って聞いてくれて——。そういうのは嬉しかったんですけどね。だから「売りたくない」というアーティストの気持ちはすごく分かります。


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田口 そうだったんですね!アーティスト「泰平」の話が聞けるとは思ってなかった!

施井 でも、今のアーティストって全てを求められているんですよね。作品をつくることだけではなくて、売るためのコミュニケーションやブランディング、ギャラリストやコレクターとの出会い——。だから、トップになれるのは、ほんの一握りだけなんですよ。本来いくつかは、アーティスト本人が担わなくてもいいことだと思うんです。

田口 そうですね。アーティスト自身は作品へのこだわりを追求していって、それを実現するための環境をギャラリーが準備する。この役割分担が重要ですよね。だから、アーティストのためになる仕組みなら、ギャラリーにとっても一番嬉しいものだとは思います。常にアーティストの立場になって考えているようなギャラリーは特にです。そして気づけば、我々みたいなコレクターも含めて、みんなにメリットが生まれていくと思います。


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田口美和
シニア・アドバイザー

1967年生まれ。明治学院大学大学院社会福祉学専攻を修了。2013年頃、タグチ・アートコレクションの運営を父の田口弘から引き継ぎ、コレクションの充実のため精力的に国内外の展覧会、芸術祭、アートフェア等を多数訪問。各地の美術館の要請に応じてコレクション展を開催するなど作品の公開にも努めている。2019年、一般社団法人アーツプラス現代芸術研究所を立ち上げ、現代アートに関する日本と海外の情報ギャップを埋めるべく、セミナー等を中心に普及活動も開始。2020年、タグチ現代芸術基金を父と設立。また、新しく設立された国際的アートプラットフォーム"South South"のアンバサダーに就任。

【アーツプラス現代芸術研究所】 https://www.facebook.com/artsplus2019/
【Taguchi Art Collection】 https://taguchiartcollection.jp/


施井 泰平
代表取締役 最高経営責任者 (CEO)

1977年生まれ。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年よりstartbahnを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。東京藝術大学での教鞭を始め、講演やトークイベントにも多数登壇。特技はビリヤード。


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* 中川大地さんの実際のコメントは、webマガジン「PLANETS note」にて公開された下記の対談記事でお読みいただけます。


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