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(小説)ごめんなさい 終章
最初から
まえのやつ
終章
「僕、三島さんに言ってなかったことがあるじゃないですか」
あれから数日入院したが、頭をぶつけた以外は全くもって健康体だったために、さっさと追い出された。
母と兄の同伴で病院から帰宅し、2人の監視下で夫と離婚届を記入し、翌月には晴れて独身に戻った。住んでいた家を出て、今はマンスリーマンションに移った。兄からアドバイスを受けながら、一人で住むアパートを探している。
母と兄は幼少期のことを償うかのように、私に対して過保護になりつつあった。それぞれ毎日連絡を取り、困ったことはないか、助けは必要かと尋ねてくる。
慌ただしく過ごしてる間、古本屋のパートは休んでいた。離婚歴のある同僚も多かったせいか、私が休んでばかりなのを責められることもなかった。元夫が辞めると電話した時に不審に思っていた成瀬さんの祖父である店主は、私が再び復帰することを二つ返事で受け入れてくれた。
成瀬さんがマンションを尋ねてきたのは、離婚して1ヶ月と数日経った頃だった。
夫が取り上げていたスマホからデータを移して、新しいスマホに買い替えていた。そのため自由に連絡は取れるのだが、怖くてずっと連絡できなかった。
そんな中で急に彼が尋ねてきたので、私は非常に驚きながらも家の中に招き入れた。
備え付けの質素なテーブルに麦茶の入ったマグカップを置きながら、
「まだ店に知らせてもない住所を、どうやって調べたんですか?」
「いやそれは........、三島さんのお兄さんが店に来て教えてくれたんです」
兄か........。余計なことを──────していないな。まぁいいか。
「今更なんですけど、三島さんのことがずっと好きだったんです」
「........まぁ、今更言わなくても分かりますけど、そんなこと」
「だから、まぁその、あのですね」
テーブルを挟んで向かいに座った私をチラリと見て、ソワソワしながらマグカップを掴み、飲もうとしたけど止めて、マグカップをテーブルに戻して、頭をガシガシと搔く。見るからに落ち着かない様子だ。
頭を勢いよく掻き乱しすぎて、かけている眼鏡がズルリと落ちそうになる。それを慌てて戻しながら、少し大きな声で成瀬さんが言った。
「結婚しましょう。恋人とは先月末にしっかりと別れてきました」
「いきなり結婚ですか」
「あっ、そうか。女の人は離婚したら何ヶ月か再婚できない期間がありましたね。それが終わったら結婚しましょう」
「いや、あの、ちょっと落ち着いて........」
「落ち着いてますよ」
どこがだ。私はテーブルに身を乗り出して、まだ少しズレてる眼鏡のフレームを指で摘んだ。
「なにするんですか」
「なんとなく」
彼の顔から眼鏡を外して、自分で掛けてみる。視界が大きくぼやけた。「似合ってます?」尋ねたら、ぼやけたレンズの向こうで成瀬さんが困ったように笑った。「眼鏡がないから見えません」
「私ね、バツイチまでは、まぁ、いいかって思うんです」
「はい」
「流石にバツ2になったら、しんどいなぁって」
「........はい」
「だから結婚をする前に、しっかり交際してから決めましょう。もちろん同棲もします。一緒に住まないと互いの生活観の違いがわかりませんから」
「は、はい!」
「そして、私の母と兄が厄介な人間であることも忘れないでくださいね。あの人達は私と違って行動力がすごいですよ」
「は、はい........」
図らずも、彼はコロコロと表情を変えながら様々な返事のレパートリーを披露してくれた。それを見て思わず吹き出しながら、椅子から立ち上がって彼の横に行った。眼鏡を手渡すと、彼はそれを掛けずにテーブルに置き、私の手を握ってきた。
「僕と交際してくれます?」
「はい。年上のおばさんで良ければ」
「そんなの関係ないですから。っていうか、まだおばさんじゃないでしょ」
持ち上げた私の手を両手で包み込んで、大事そうに「やっと僕のものになった」と満足げに呟く成瀬さん。
空いてる方の手で私が頭を撫でると、彼は一瞬だけ、獣のような爛々とした視線でこちらを見上げた。いつも穏やかな彼の中にも、強い欲望と独占欲が存在している事を悟る。首筋にじわりと汗が伝うのがわかった。
私は、この感情を乗り越えることが出来るのかな。
おわり
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