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(小説)ごめんなさい 13


最初から


まえのやつ


13


私の発言を鼻で笑ったのは、夫と夫の両親だった。


「この期に及んでまた嘘つくの」歪んだ笑顔を浮かべながら、義母が私を怒鳴った。「うちの息子を侮辱するのもいい加減にしなさい。調子に乗るんじゃないよ」


「本当なんです。剛典さんは不倫していますよ。それどころか、不倫される私に原因があるのだと責められました」

「当然でしょ!あんたも不倫してるんだから!」

「それは違います。私はやましいことはしていません」


義母の鼻が膨れ上がり、いよいよ頭が爆発するのではないかと心配になった。真っ赤な顔で私に飛び掛りそうになったのを、兄が止めた。母が夫の手を私の肩から叩き落として、私を抱きしめる。一瞬、今の状況を忘れてしまいそうになった。兄の腕を押しのけて、義母が母を指さした。


「あんたらねぇ!自分の娘が不倫したんだから、責任とって頭下げるのが筋でしょう!何よその態度は!」

「私の娘は嘘をつきません」


静かな口調だった。私を抱きしめる彼女の体が、細かく震えていることに気付いた。「私の娘は、嘘をつきません」


「私達のせいで、この子は子供の頃からたくさんのことを我慢してしまう子になってしまいました。ずっと後悔してます。もっと優しくしてあげたかった」


「今はそんな話関係ないでしょ!」金切り声で叫ぶ義母を、兄が必死に抑えている。義父は何も言わずにそれを見てるだけだし、夫は呆然と母を見ていた。


「私達はこの子に優しくしてあげられませんでしたが、この子は人に優しく出来る子です。ここに居る誰よりも優しい子です。
 虐待していた私達のことを、まだ家族として見てくれているんですから。甘ったれですし、人の助けがないと生きようとしない自立心のない子ですが、この子は私の子とは思えないほど、心が広くて優しい子なんですよ」


(少なくとも記憶にある中では)生まれて初めて母親に抱き締められて、生まれて初めて母親の泣く姿を見た。心の中がギュッと狭くなるような、苦しい気持ちになった。
呆気に取られた義母が大人しくなったのを見計らって、兄がポケットからスマホを取り出した。無言で操作した後、ベッドの足元にそれを放り投げた。



「お前........」再生された音声をしばらく聞いて、義父がワナワナと震えながら夫を見た。夫が私のスマホを取り上げた時のやり取りが、録音データとして病室内に響いた。夫は驚いた表情で固まっている。


「古いスマホで録ったの?」


全てが再生され終わってから、何処でもない虚空を見つめながらそう聞いてきた。「そうだよ。まだ使えたの」答えると、ヘナヘナと病室の床に座り込んでしまった。

いつも堂々としていて自信に満ちていた夫が好きだっただけに、その姿を見るのは心が苦しくなった。なんてことをしてしまったんだろう。こんなに打ちひしがれてしまうなんて、思いもよらなかった。彼のことだから、上手く言いくるめられるかもしれないと思っていたのに。


正直、賭けだった。母と兄は私が大人になってからも、結婚して別々に済むようになってからも、私に対してどこか冷たい、他人のような態度で接していた。彼女らに録音データを送信したところで、我々には関係ないと無視される可能性も考えていた。
それでも、最後っ屁のつもりで以前使用していた古いスマホで音声を録音し、首を吊る前に、自宅のWiFiを利用して母と兄に諸々のデータを送信した。

甘ったれでなんの力もない、人に頼らないと生きられない私とは違って、母と兄は一人で強く生きられる。かっこいい人達だ。役立たずな子供の私を邪魔だと思って辛く当たっていても、無責任に扱ったことは一度もなかった。彼らは彼らなりの信念があって、私はそれとは真逆の性格だから疎ましかった。........どんな人か知らないけど、私は父親似なのかもしれない。


「まだ続けますか?録音データはバックアップもありますので、欲しいなら皆さんにお渡ししますよ。不倫相手のカナちゃんが妹に嫌がらせしに行った時の録音データも、オマケしときます」


今まで一言も発さなかった兄が冷たく言った。義父母は真っ青になって立ち尽くしてるし、夫は見てられないほど情けない様子で座り込んでいる。もう充分ダメージは与えられたように思えた。


「あ、ちなみにカナちゃん以外の不倫相手との写真もありますよ。僕が自分で調べて撮りました」


トドメとばかりに茶封筒をカバンからいくつか取り出すと、義父母に一つ押し付け、夫の頭に一つ投げつけ、私に一つ手渡した。「別にキミには渡す必要ないんだけど、一応」と、成瀬さんにもそれを一つ渡した。


「別にどうするかはキミの自由だけど、妹の傍に居続けるつもりなら覚悟しといてくれない?あいつ本当に1人じゃ生きようとしない奴だからマジで重荷だし、あいつに何かあったら俺らが出てくるからね」

「................」


何も答えず、成瀬さんは暗い顔で封筒をぼんやりと眺めていた。

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