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エッセイ『あの時は、なんかゴメンね』

 ハムスターのような可愛い人と、付き合ったことがある。
 まだお互いに「恋に恋する」ような、歳のころ。

 告白は、相手から。
 突然だったし、思ってもみなかったので吃驚ビックリしたけれど、嬉しかった。

 ただ、春に咲いたその恋は、その年の秋の終わりに、散った……
 
 別れの言葉も、ある日突然、相手からだった。
 
 理由を聞くとその人は、「僕じゃ君に見合わないと思う」と言った。
 私は混乱と悲しみと怒りに襲われながら「それはこっちが決めることじゃない?」と言った。
 すると相手は「ごめん……」と言って、申し訳なさそうな顔をしながら、視線を下へと落とした。
 どうやら相手の覚悟は、固いらしい。
 そう悟った私は、「わかった。今までありがとう」と告げて相手に背を向け、その場を後にした。
 背中に、か細い声の「ありがとう……」が、チクリと刺さった。

 最近まで私は、その人に別れを告げられた理由がわからなかった。
 喧嘩は一度もしなかったし、その時の自分なりに精一杯相手を思って行動していたし、外見や趣味だって、知能や礼儀作法だって、悪くはなかったはずだ。
 それなら何故?
 余りにも、不可解だった……
 
 「見合わない」って、何?
 いったい私の何が、相手を追い詰めていたの?


 しかし先日、冷えたレモネードを飲みながら椅子に座りボーっと空を眺めていた私の脳裏に、なんの前触れもなく突然に、別れの原因となったかもしれない会話の記憶が浮かんだ。

 別れの原因となったかもしれない会話の記憶 その①
 
夏のはじめに2人で登山へ行った日の思い出。
 電車を降りて、目的地の山へと向かうバスを待っていた時のこと。
 近くにはお花畑が広がっていた……

・ハムスター(相手):あっ、みてっ! 蝶々!仲良さそうに飛んでる
・ネコ():(2羽の蝶々の様子を少し観察後) あぁ~あれはね、たぶん「縄張り争い」をしてるんだと思う
・ハムスター:えっ?
・ネコ:見てて、たぶんあの追われてる感じの方が逃げてくから
 ※少しのち
・ハムスター:あっ……
・ネコ:ねっ、やっぱり「縄張り争い」だったでしょ?

 そこまで思い出したとき、レモネードのグラスから滑り落ちた水滴がシャツの胸元を濡らし、私は過去から現在へと呼び戻された。
 グラスをサイドテーブルへと置き、ピッチャーからグラスへとおかわりを注いだ私は、しかしまた直ぐに、過去へと戻っていった。

 別れの原因となったかもしれない会話の記憶 その②
 
山に到着後、裾野の林道を歩いているときに、ウグイスの鳴き声がして……

 
ハムスター:(ウグイスの鳴き声を真似て口笛にて) 「ホーホケキョ」
 ウグイス:ホーホケキョ
 ハムスター:(ウグイスの鳴き声を真似て口笛にて) 「ホーホケキョ」
 ウグイス:ホーホケキョ
 ハムスター:(笑顔で) わぁ!答えてくれてる!!! あれなんて言ってるんだろうね!(喜)
 ネコ:う~ん……あれはね、「縄張りを主張」してるんだよ。今ちょうど繁殖期。なんて言ってるかはわからないけど、たぶん「ここは俺の縄張りだから出ていけ」的な感じなんじゃないかな
 ハムスター:そ、そうなんだ……
 ネコ:うん

 急に喉の渇きを覚え現実に引き戻された私は、レモネードを飲もうとグラスに手を伸ばしたが、グラスには沢山の水滴が出来ており、その一部はプレートへと流れ落ちていた。そこで私はその水滴を布巾で丁寧に拭ったのち、レモネードをひとくち、口に含んだ。すると、あることに気が付いた。
 楽しかったはずのあの日の会話の記憶は、いずれも私の「縄張り」に関する知見にて幕を閉じており、ハムスターに対するネコの思い遣りや共感、そして恋人同士のラブラブなムードは、殆ど感じられないような気がした。というよりもむしろ、ネコがハムスターをディスっていたかのような雰囲気すら、感じられた。
 レモネードをもうひとくち口に含むと、甘酸っぱい味と香りが口と鼻孔に広がり、それらにいざなわれるかのように、私は再び過去へと向かった。

 別れの原因となったかもしれない会話の記憶 その③
 
山道を歩き、少し空の見えるポイントへと到着し、休憩。
 2人で飲み物を飲みながら……
 
 ハムスター:なんか夏って感じの空と雲でいいねぇ~
 ネコ:(空を少し眺めて) あっ! あれ積乱雲じゃない⁉ っていうか雲出てきてる……
 ハムスター:んっ?
 ネコ:雨具持ってきてる?
 ハムスター:いや、天気予報で天気いいって言ってたから、持ってきてないかも……
 ネコ:天気予報なにで見た?
 ハムスター:TVのニュース
 ネコ:それ平地の天気予報だから……
 ハムスター:えっ?
 ネコ:ん~、戻ろ
 ハムスター:えっ?
 ネコ:帰ろ
 ハムスター:えぇぇぇっ? ほんとに?
 ネコ:うん。わたし積乱雲怖い。雨具もひとつしか無いし
 ※まだなんか話した気がしますけれども記憶なし
 ハムスター:なんかゴメン……
 ネコ:気にしないで、私がビビりなだけだから、山にあんまり来たこと無いからさ、怖いの…… なんかあったらだし……

 その後、帰りのバスを待っている間に、山方面の天候は悪化していった。
 ふたりで「戻って正解だったね」と話した記憶がある。
 あと、私が余計な一言を言ってしまった記憶も……

 ネコ:今度から山とか行くときはさ、そんな「近所のコンビニ」行くみたいなカッコしてきたらダメだよ
 ハムスター:ごめん……気をつけるぅ……

 そこまで記憶を辿ったとき、グラスのレモネードが底をついた。
 
 あの時、私はハムスターと一緒に山へ行けることが嬉しくて、予定が決まった日から山について学び、親からトレッキング用のリュックを借りて、装備も万全に整えた。たぶん総重量は、10キロ以上あったと思う。
 ただそんな私は彼にとって、若干「重かった」のかもしれない。
 今思えば、その登山のあと辺りから、ふたりの関係の雲行きも怪しくなっていった気がする。

僕じゃ君に見合わないと思う
 
 相手から見た私は、いったいどんな生き物だったのだろう……
 

 自分としては、こんな ⇩ イメージでいたのだけれど……

自分の脳内イメージ 
自分の脳内イメージ 
自分の脳内イメージ 


でも相手のイメージの中では、こんな ⇩ 感じだったのかな……


ハムスターの脳内のもしかしたら……なイメージ
ハムスターの脳内のもしかしたら……なイメージ
ハムスターの脳内のもしかしたら……なイメージ (フラれたときの私の顔)


 ハムスターが私をどう見ていたのかは、永遠の謎だ。
 ただ間違いないのは、自分の知らない自分が、ハムスターの中に存在していたということ。
 きっと出会った人と同じ数だけの、私という人間が存在しているのだ。

 100歳まで生きたとしても、各季節は、100回ずつしか経験できない。
 だから、その貴重な時間を共に過ごした人との思い出は、大切な宝物。
 
 
 もし今、ハムスターに一言伝えられるとしたら、なんて言おう……
 ふと、そんな考えが頭をよぎった。
 
 思い浮かんだのは、ビックリするくらい平凡な言葉

 あの時は、なんかゴメンね (そして、ありがとう)





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