常識をとらわれることなくチャレンジすることで生まれる画期的新薬
2022年5月12日の日本経済新聞に「第一三共、「レトロ」技術が力」という記事がありました。
合成化学とバイオテクノロジーの両方の技術が必要な抗体薬物複合体(ADC)
「レトロ」技術とはなんだろうと思って読んでみたところ、化学合成のことでした。2020年に米国で発売された乳がん治療薬「エンハーツ」は、バイオテクノロジーで作った抗体と、合成化学で作った抗がん剤を結合させた「抗体薬物複合体(ADC)」と呼ばれるもの。ミサイル療法と呼ばれ、コンセプトは古くからありましたが、高度な合成技術が必要で、なかなか実現しませんでした。第一三共は、合成化学とバイオテクノロジーの両方を磨いてきたので開発に成功し、売上も好調という内容です。
合成化学は、創薬技術としては最も古いものです。一方、最近は、バイオテクノロジーを使った抗体医薬などの新しいタイプの医薬品が開発され、がんなどの疾患に効果をあげています。そのため、「レトロ」という表現になっていると思います。しかし、2020年時点で世界で開発されていた医薬品の50%以上は、合成化学で作られる低分子化合物であって(鍵井英之「次世代創薬基盤技術の導入と構築に関する研究」)、まだまだ現役と言っていいと思います。
常識にとらわれず続けた挑戦
第一三共がエンハーツの開発に成功したのは、常識的に考えると難しいという反対意見が続出する中で、果敢に挑戦したことが大きいと思います。
オンコロジー第一研究所長の我妻利紀さんが「技術と経済」に寄稿した開発経緯によると、ADCに興味をもった研究者たち有志による組織横断的ワーキングチームができたのが始まりでした。
当時は、がん免疫治療薬の開発に多くの興味が集まっており、そんな状況でADCの研究を行うことを疑問に思った人も多かったようです。「人の行く裏に道あり花の山」とADC研究を推進し、ワーキングチームは正式な組織になりました。
2013年に最初の候補(後のエンハーツ)ができたものの、今度は、製造コストがかかりすぎるのではといった反対意見がでました。抗体医薬単体でもかなりの製造コストがかかります。そこに別の物質をつけるとなると、このような意見が出るのもしかたないことでしょう。
また、通常、がん治療薬の臨床試験は、インフラ整備が整っている米国で先行していました。しかし、米国のメンバーは、以前ADCの開発に失敗しており前向きではありませんでした。
これら逆風が吹き荒れる中でも、チームのメンバーは、常識にとらわれることなく取り組み、臨床試験も日本で先行させることにしました。
常識にとらわれない発想で生まれた医薬品たち
このように多くの反対意見がありながらも、常識にとらわれずに邁進したことで誕生した医薬品は数多くあります。
エンハーツの開発を始めたころ注目を浴びていたがん免疫治療薬も、90年代に多くの製薬会社が研究したもののうまくいかず、効かないと思われていました。その中で、本庶佑先生が信念をもって働きかけたことで、画期的な効果を示す治療薬ができたのです。
新型コロナウイルス感染症のワクチン、多くの人がRNAは安定性が悪いなどの理由で薬にはならないと思っていました。カタリン・カリコ博士が長年にわたり研究を続けたことで、ウイルスの発見から1年もたたずにワクチンを開発することができました。
技術が多様化している創薬の世界
いまや、医薬品の世界は、合成化学の低分子医薬品、抗体医薬だけではなくて、中分子医薬、核酸医薬、遺伝子治療薬、遺伝子細胞治療薬、細胞治療薬と多くのモダリティ(様式)が研究されています。これら全ての研究リソースを自社で確保するのは非常に難しいと思います。
さらに、2022年5月10日の日本経済新聞では、「高血圧、医師が「アプリ」処方 キュア・アップ年内発売」という記事が出ていて、治療用アプリの時代の到来を語っています。アプリが運動や減塩を促すことで、脳や心臓の血管の発症リスクに換算して11%の低減効果があったそうです。
いよいよ、医薬の世界にもGAFAの足音が聞こえてきそうです。
サイエンス&テクノロジーを追求する精神、パイオニア精神、病に苦しむ患者を助けるという強い使命感
創薬技術が多様化する中で、どの技術に注力するかは、それぞれの製薬企業の腕のみせどころです。しかし大事なことは、このコンセプトはうまくいかないといった常識にとらわれないこと。そして、自分達の研究のデータや、臨床現場でのニーズをよく観察して、最も適した治療法を選ぶ直観力と果敢に挑戦する覚悟だと思います。