わたしの生い立ち2 隠キャで売れないモデルの苦悩〜インテリアの勉強するまで
前回の
のつづきです。
地獄のモデルレッスン
大学を卒業し、服が大好きだったわたしは
「そうだ!モデルになろう!」って安易に本気で考えたんですね。
これまで小、中、高、大学生と決まったレールで進んできたので、就活しないで一般的なレールから外れるのは、さすがの無謀なわたしでもちょっと不安に感じました。
「自由って、大海原に放り込まれるみたいな怖いもんだな」ってその時はじめて知りました。
不安はあれどさほど迷いはせず、ネットであれこれ探し、卒業後に大阪のモデル事務所に登録することができました。
その事務所に決めたのは、レッスン代がリーズナブルだったから。貧乏人なので何万円もする登録料は払えないですからね。
高いレッスン代などを払うモデル事務所もあり、仕事するのにレッスンは必要経費なのでお金をとるのが悪い事務所だとは悪いとは思いませんが…。
もしモデル事務所に登録しようと思ってる人でお金がある人は気をつけましょうね。
それはさておき、事務所所属後に待ち受けていたものは…。。
隠キャへの洗礼です。
モデルって、なんか社交的なイメージあるじゃないですか。きっとクラスでもイケてた人たち多いと思うんです。
わたしはただ服が好きなだけの、誤解を恐れず言うなら「服オタク」
人前で笑うのも、立たされるのも「恐怖!!!!」でしかありませんでした。
よく映画のメイキング映像とかで、たくさんの人に囲まれて俳優さんたちが演技とかしてるじゃないですか。
外から見てる分には、カッコいいな、素敵だな、と思うのですが、実際にあのポジションに放り込まれたら”地獄”ですよ。
自分よりも、もう何年もこの業界にいるであろうベテラン風なスタッフの人たちが大勢いて、しかも仲良さげにしてたりするんですよね。
そんな中誰1人知り合いもいない、ただの小娘の自分がポツンといて、何も言われてないけど「なんだこの娘?」って思われてる気がする。。そんな人らの前に立たされて、晒しあげられる気分…。
って言って伝わるかな?
まずは現場に出るために事務所でレッスンを受けるのですが、そこからもう地獄は始まります。
写真を撮るポーズ、歩き方なんかを練習します。
パリピ風なリア充な音楽を流されて、歩け!って言われるんですが、この音楽が流れてる意味がまったく分かりませんでした。
写真のポーズの練習はみんなが見てる前に出てやらされます。
中学生くらいの子もいたんですがポージングがキレッキレで、人間の動きとは思えないほど完璧で!きっとクラスでもリア充のグループに違いないだろうなーと思ってました。
またレッスンの先生もパッションが強くて怖いんだな…。
モデルなんて自己主張の強い人たちがなるであろう職業に対して、わたしは人前に立ちたくもないし、むしろ目立ちたくない…。
でも可愛い服が着たい!という一心で、泣きながらレッスン頑張りました。(長女だから泣かないけど)
上京後、ホワイト企業で働く
オーディションもビビりながらで、そんな後ろ向きなわたしに仕事がくるハズもなく、ずっとバイト暮らしの生活でした。
ある時受けたオーデョションで事務所を移ることになり、東京本社がある会社だったので、どうせ1人で暮らすならどこでも同じだからと上京。
この辺りあんまり記憶がないですね…。笑
何か細々と活動していましたが、当時参加していたバンドのメンバーの1人が派遣会社で働いている人で。
仕事紹介してって話をしたら、元国営の大手企業の高時給の残業なしの通信技術のヘルプデスクを紹介してもらいました。
もちろん通信系の知識なんかまったくなく、仕事内容もよく分かってなかったので、紹介してくれた人が担当者と仲がよかったのかもしれません。
ただ当時からインターネットは好きだったので、通信系に興味がないわけではなかったです。
ネット検索の日々でインテリアに目覚める
今考えてもその仕事の待遇は本当によく、仕事もヒマな時間が多く、毎日たくさんインターネット検索をしてました。
本当にそんなにネットワーフィンして飽きないのかってくらいネット見てたと思うんですが、もう見るものが尽きた。ということにはならなかったので、たぶん人生の中でここで一番学んだのかもしれませんね。
インターネットって本当に、人生の格差を縮めてくれる手段だと確信しています。お金がなくてもきちんとした教育を受けられなくても、たくさんの知識を得ることができます、しかも無料で。
とはいえ毎日ずっとパソコンの前でネットばかり見てる毎日で、「わたしは何をしてるんだろう」とある時ふと思いました。
モデルの仕事も有給とか使って本当に細々とやってはいましたが、人生の時間のうち、一番多くの時間をその職場で過ごしていることに気づいたんですね。どうせこれだけの時間を費やすならもっと興味のあることに使おうと思うようになりました。
当時ネット検索をたくさんしていて、建築の空間やインテリアがとても大好きになっていました。「R不動産」などの特殊な家の記事なんかは何時間でも読んでいたと思います。
そこで、「インテリアコーディネーターになろう!」と決めたのです。
つづく。。
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