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『終焉の雨』

Q.理想のデートスポットは?

 採用ワード:「牛丼屋」

Q.好きなおにぎりの具は? 

 採用ワード:「シーチキン」




長い長いコンクリートの世界。

白線の意味もなさないこの道は果てしなく、

生きた痕跡だけがそこにあった。


”ナー”と”ツー”はかつての呼吸を確かに感じ取りながら、

暗号を解読するように進んだ。


「まただ」


巨大な廃墟が立ち並ぶとある一角でナーが立ち止まり、

それから全貌を見渡す。

「これで何個目だっけ?」

ツーは地面に突き刺さった鉄の先に描かれた文字の解読を諦め、

ナーに歩み寄る。

「ちょうど13個目だ。見てみろやっぱりこれが」

入り口上部に目立つ様に付けられた丸い図形のようなモノに目線をやる。

「単なる落書きではないことは確かだ。意思表示?いや、紋章のようにも見える。カモンというモノを使うと聞いてるんだがぁ。あー、分からん」

「そう、急いで答えを出さなくても。それに13はちょうどじゃないよ」

「素数じゃないか!」

相手にしないでツーが中へと入るので、

慌ててナーが後を追う。

「安全確認が先だ!」

ツーの妙な落ち着きが余計に苛立つナー。


今にも瓦礫が降ってきそうな、暗い空間の中。

壁は蔦で覆われ、

所々に草が生い茂り、

ガラスの破片が混じった土の上を二人はゆっくり進む。

ツーが壁際の蔦をいくつかかき分けると日が差し込む。

まだ奥行きがあることと、

中央に人一人通れる長細いスペースの存在を知った。

「すごい埃だ」

ナーが収縮性の高い首元を引っ張り上げ口元を覆い隠す。

「生命反応ゼロ」

当然だろとツーは思った。


二人が一通り調べ終わると、

中央のスペースを囲む様に置かれていたであろうイスの痕跡から、

ここで大勢が出入りし集会のようなものが開かれていた、

且つ、同様の集会がこの町にいくつも点在していたということから、

大規模な組織であったと推断した。



突然の豪雨。



これ以上の捜索は断念し、

雨が通り過ぎるまでこの場所で待つことに二人は決めた。

一向に止まない雨は二人を不安にさせる。

雲は日の光を遮り、雨は視界を遮る。

更には体温を奪い、体力を削る。

この世界で雨は災害の一つである。

終わるまでじっと堪えるしか身を守る術はない。


幸い外壁の蔦が雨と風の侵入を防いだ。

火を起こし、そこらの草木をむしっては火の中に放り込む。

二人は丸まって火をじっと見つめた。

赤く照らされた二人の顔だけが暗闇に浮かび上がる。

「もう一つ開けようよ」

「我慢しろ」

「これじゃ腹減って死にそうだよ」

「水で膨らますんだな。こんなに無限に降ってくる」

「ナーは嫌味な奴」

「君が無謀なんだ。言っとくが、僕がいなかったらとっくに死んでいる」

「ナーこそ、僕に会ってなかったら死んでたね」

「いや!・・・やめよう、エネルギーを浪費するだけだ」

「・・・死んだらどこに行ってたんだろう」

「決まってるじゃないか。血と肉は空気になり、骨はやがて土になる」

「土になって?」

「土は雨に流され水になるさ」

「それで?」

「そしたらー、やがて雲になって・・・また水になるんだよ」

「記憶は?」

「それは肉と血と一緒に大気に放たれるさ!」

「じゃあ、魂は?」

「いい加減にしてくれ」

ツーが雨を見ながら、

「じゃあ、この雨もずっと昔は生きてたんだろうね」

「・・・消しといてくれよ」

付き合い切れないと、 ナーは寝床を作って横になる。

「うん」

ツーは降り続く雨を暫く眺めた後、

「ふっ」と火を吹き消し眠りについた。


雨がコンクリートの山を叩きつける。

その音が静かな街に響き渡る。

不思議と誰かの話し声にも聞こえる。

囁いたり、遠くから呼ばれたりするような感覚にすらなる。

笑い声にも。

時には怒号にも。

一瞬するどく光った直後、

重低音がどこか遠くから雨音に混じって鳴り響く。



ツーは、眠りながら、眠っているにも関わらず、

今確かに自分は眠っているというはっきりとした意識的感覚の中にいた。

不思議なこの感覚は何故か、居心地が良かった。

”ゴゴゴゴゴ”と重低音が遠くから鳴り響くと、

ツーは飛び起きた。

「今のって・・・」

ツーがまだ眠っているナーを起こそうとすると、

ナーは泣いていた。

ツーはすぐさま察した。

酷く怖い夢を見ているのではなく、

現実の寂しい孤独に泣いているんだと。

ツーは起こそうとして伸ばした手を引っ込め、

きっともう眠りにつけないだろうと分かっていたが、

再び横になった。


その直後、


「ピンポーン」

耳馴染みの無い音が鳴る。

ツーは何事かと起き上がると、

入り口から見たことも無い格好の男が入ってくる。

「え!」

そしてツーは摩訶不思議な体験をする。

その男の周囲から見る見る部屋の装飾が変化していく。

あっという間にそれはこの空間全体に及ぼし、

気づけば照明があり、色がある。

草も蔦も土も埃もない、

コンクリートむき出しだった壁は、綺麗なガラス張りに様変わる。

さっきまで廃墟だったこの場所は、

あっという間に煌びやかな空間へと変貌した。

そして何より、

見たことない大勢の人間がここにいる。

ナー以外の人間が当たり前のようにここにいる。


「いらっしゃいませー」

中央スペースの中を往来する女が突然声を発した。

「さっきから僕はここに・・・」

すぐさまその声の対象が自分ではないと知る。

今さっきこの場所に入ってきた男は迷うことなく平然と中央の椅子に座り、 目の前の色鮮やかな本のようなモノを手にしたと思えば、

ほんの一瞬だけ目を通し元の位置に戻した。

「ご注文は?」

という女の問いに間髪入れず

「牛丼並で」

と答えてみせた。

この理解不能な一連のやり取りに、

ツーの関心はなかった。

嘘みたいな輝かしい世界に驚きながらも、

久しぶりの人間の存在に隠しきれない喜びでいっぱいだった。

ツーにまるで恐怖心は無かった。

男同様に中央の椅子に座り、

目の前に置いてある細長い赤い物体が入った容器に見入る。

そして間もなく、男の前に女が何かを置いた。

すると男はそれを躊躇なく食べ始めた。

気付けば、殆どの人間が同じ何かを食べている。

ツーは周りの人間を観察した。

一人夢中になって食べる男、

何かを待つ様にじっと外を眺める老人、

窓際で談笑している男女。

ツーは楽しくて仕方がなかった。

「ねえ!」

と大きな声で全員に呼びかけた。

誰も反応しない。

ツーはやっとここで戸惑う。

目の前の男に声を掛けてみるも、反応がない。

それどころかこちらを見る素振りすらない。

まるで自分だけが存在しないかのように。

それはすぐに確信へと変わった。

ツーは他の人間に触れられなかった。

触れようとすれば、

全員がツーの体を通り抜けていった。

まるで実態の無いホログラムの世界に放り込まれたような感覚に陥った。


落胆するツーは、一人の女性に視線を向けた。

女もまた運ばれて来る何かを待ちながら座っている。

ツーはぼうっと女を見続けた。

すると女はツーの視線に気付き、ツーに向かって微笑んだ。

まさかとツーが小さく手を振ると、

女も同じ様に小さく振り返した。


ツーは嬉しくなって笑った。


女もまた笑って返した。




朝がやってきた。



長い長いコンクリートの世界。

「これで15個目」

ナーはまたかと、

廃墟の前で立ち止まり調査を始めようとすると、

すぐ近くで一棟の廃墟が大きな音を立てて崩れた。


「始まったか・・・」


ナーは離れようと歩き出す。


そこに急な雨。


ナーは空を見上げる。


落ちてくる水滴をナーは全身で受け止めた。

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