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最期の7日間と、旅立ちの7日間

最期の7日間

それは、あっという間の出来事だった。

急遽自宅へと帰ることになった父。

「このまま病院に居つづけてはいけない」

よくわからないザワつきに駆られ、自宅に帰った父は、一旦良くなりそうな気配はあったものの、やはり大きな変化は見られなかった。

少しづつ状況が悪くなりつつある中で、母親は、まるで赤ちゃんの世話をするように、介護をしている。

状況を受けとめきれないのか、わかっていないのか、それはわからない。

でもこの物語の終末は遅かれ早かれ、
最初に入院した医師も、転院した医師も、そして在宅に変わってからも、
きっとそれなりの状況はわかっていたのだろう。

数日が過ぎ、先生は頑張る母親を呼び止め、一冊の本を手渡した。

ここに書かれていることの全てが、今の父の経過そのものだった。

まだ起きていないことも書かれていたが、それはたった3つほどだった。

現実と向き合っていく時間が始まった。

5日目が経過した頃、状況が変わった。

6日目の夜、うちの息子のリハビリの病院が近いこともあって夜に訪れた。

右手に孫、左手に私の手を持ち、「また明日来るね」と。

それが最期となった。


7日目の朝。

容体が変わったとの連絡がある。
家族を連れて向かったが、息を引き取った直後だった。

呼吸がなく完全な脱力の状態に、
気配というものが一切消えている。

でもまだ、手は温かい。

これが人間の終わりというものなんだ

私が、葬儀場以外で初めて見る人の死だった。


旅立ちの7日間

お世話になった主治医の先生に電話をする。

ここからの時間もまた、すごいスピードで進み始める。

看護の方が整えるのを手伝い、着替えを行う。

万が一の時に何が起こるのかを知るために、二日前、葬儀屋に寄っていた。

その流れを見つつも、初めてのことばかりで戸惑う。

喪主になり、通夜、葬儀、出棺、火葬、繰り上げ初七日…

途中、遺影の写真に、どうしても感情がこらえられなくなった。

あぁ、たぶん自分は、あえて感情を逸らし続けて、この状況を進めているんだなぁ、ということに気づく。

何度も浮かぶその写真の笑顔に、気持ちを落ち着かせながら、父は姿を変えて自宅に戻ってきた。

生と死

わが子の誕生から10年の時間が経ち、
その対局で、
老衰によって人の命が終わるプロセスに立ち会うことになった。

誰にも誕生があり
幼少期があり
子どもから大人になる。
家族が増え、そして子どもは大人になり、親は旅立つ。

色々なケースはあれど、たくさんのこんなプロセスが、永遠と繰り返されている。

一体、
生きている時間とは、
何なのだろうか。

生きたい人がいて
生きる意味を見失いそうな人がいて
戦争があって
災害があって
病気や障がい
そして、
誰もが老化する。

そして、高齢者、認知症、機能障害…いずれもすべての人が避けては通れないプロセスが自分にもやってくることもまた、目の前にある現実。


僕らはいったい、いま、どんな社会で、どんな世界で生きているんだろう。

この14日間に、希望があり、絶望があった。

僕の中で、現実への見方が、少し…いや、大きく変わったように思う。

何が変わったかは、よくわからない。
きっと5年くらい経ってふり返る頃に、少し気づけるのかもしれない。