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峰庭梟
2023年4月12日 19:54
はい、詩歌ビオトープ11人目です。今日取り上げるのは、明石海人です。この人は1901年生まれ、1939年に亡くなりました。画家を志望して上京したものの、ハンセン病になったため断念、長島愛生園に入院し、そこで短歌を始めたそうです。改造社が一般に公募した「新万葉集」に11首が選ばれたことで大きな注目を集めましたが、その2年後に亡くなりました。死後刊行されたのが「白描」という歌集で、この歌集
2023年4月8日 11:06
はい、ということで、詩歌ビオトープ10人目になりました。この人は1893年生まれ、1974年に亡くなりました。山形県に生まれ、生涯をこの地で過ごした人です。山形を代表する文人として知られているそうです。土岐哀果の影響を受けて作歌を始めたとのことで、哀草果の号は哀果から来ているのですね。その後斎藤茂吉に師事します。晩年の歌にこんなのがありました。さて、今回もネタ本は昭和文学全集35です。
2023年4月2日 01:59
はい、ということで8人目、釈迢空です。この人は1887年生まれ、1953年に亡くなりました。大阪府出身で、本名は折口信夫です。民俗学者として有名ですね。高校生の頃から短歌を始め、上京して國學院大学に入学、根岸短歌会に出入りするようになりました。大学卒業後は中学校の教師となる傍ら、アララギの同人として歌壇でも活躍します。そうして國學院大学の教授、慶應義塾大学の講師となりました。その頃、アララ
2023年3月31日 00:57
はい。ということで7人目は土岐善麿です。土岐善麿は1885年生まれ、1980年に亡くなりました。めっちゃ長生き。彼は東京都生まれで早大卒、大学を出た後は読売新聞の記者になりました。明治43年、彼は土岐哀果の号で「NAKIWARAI」という歌集を発表します。この歌集はローマ字と三行歌であるのが特徴で、この歌集で石川啄木と並んで高い評価を受けたんですね。で、そのことをきっかけに啄木と出会っ
2023年3月29日 02:29
はい、ということで、詩歌ビオトープ6人目は北原白秋です。北原白秋は1885年に福岡県で生まれ、1942年に亡くなりました。歌人としてはもちろんのこと、詩人、童謡作家としても有名ですね。1906年に新詩社に参加、その後脱退して「パンの会」に参加し、象徴主義や耽美主義の詩を「スバル」に発表します。そして1909年に処女作「邪宗門」を刊行しました。初めての歌集「桐の花」を発表したのは1913
2023年3月27日 15:21
はい、ということで詩歌ビオトープ5人目です。5人目は前田夕暮。この人は1883年に神奈川県で生まれ、1951年に亡くなりました。尾上紫舟に師事して車前草社に参加、同門には若山牧水がいます。年齢も近かったので、ライバル的な関係だったのかもしれませんね。お互いにかなり意識し合っていたんじゃないでしょうか。白日社を創立し、「詩歌」という雑誌を創刊します。で、最初に出した歌集が「収穫」。この「
2023年3月25日 17:31
はい、ということで、詩歌ビオトープ第4回です。4人目は斎藤茂吉です。この人はもう、近現代短歌史においては正岡子規の次くらいの位置づけになるんじゃないですかね。1882年生まれで1953年に亡くなりました。山形県に生まれて東大を卒業、養子先の家業を継いで精神科医になりました。学生時代に正岡子規の歌を読んで短歌に目覚め、根岸短歌会の伊藤左千夫に師事、アララギ創刊に参加した人です。その後アララギ
2023年3月23日 10:52
はい、それでは詩歌ビオトープ3人目です。3人目は川田順。1882年生まれで、1966年に亡くなっています。東大法学部出身で、大学卒業後に住友商事に入社、そのままどんどん出世して常務理事にまで登り詰めたそうです。というか、代表取締役に、という話が出たところで「我が器にあらず」といって退職したのだとか。すごいですね。で、ビジネスマンとしてバリバリ働く傍らで佐佐木信綱の門人となり、1929年
2023年3月22日 13:09
はい。それでは詩歌ビオトープ2人目です。2人目は会津八一。1881年に生まれ、1959年に亡くなっています。この人は、短歌史の中でも異端の一人だと言えるのではないでしょうか。どこの結社にも所属していませんでしたが、正岡子規の作風から大きな影響を受けたのだそうです。あとは、同じく早大卒の窪田空穂ととても仲が良かったのだとか。ちなみに、この人の卒論のテーマはキーツだったそうです。坪内逍
2023年3月21日 17:48
はい。ということで、早速今日から始めます。詩歌ビオトープ001は窪田空穂です。この人は、1877年生まれです。多分、今回のデータ元である「昭和文学全集35 昭和詩歌集」の中では一番古い人ではないでしょうか。ちなみに、与謝野晶子が1878年生まれなのでほぼ同い年、石川啄木は1886年生まれ、若山牧水は1885年生まれなので、彼らよりも全然古い人です。昭和の歌人というよりも、明治大正の歌人に入れた