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詩歌ビオトープ001:窪田空穂

はい。ということで、早速今日から始めます。詩歌ビオトープ001は窪田空穂です。

そもそも詩歌ビオトープとは?
詩歌ビオトープは、詩の世界を一つの生態系ととらえ、詩人や歌人、俳人を傾向別に分類して、誰と誰が近い、この人が好きならこの人も好きかもしれないね、みたいなのを見て楽しもう、という企画です。ちなみに、傾向の分類は僕の主観です。あしからず。

この人は、1877年生まれです。多分、今回のデータ元である「昭和文学全集35 昭和詩歌集」の中では一番古い人ではないでしょうか。ちなみに、与謝野晶子が1878年生まれなのでほぼ同い年、石川啄木は1886年生まれ、若山牧水は1885年生まれなので、彼らよりも全然古い人です。昭和の歌人というよりも、明治大正の歌人に入れた方がいい人かもしれない。

空穂は最初は「明星」に投稿して短歌をはじめ、与謝野鉄幹に認められたそうです。でも、鉄幹の壮士的性格(田舎のヤンキーぽさってことですかね)と与謝野晶子の恋愛短歌が嫌ですぐに離脱、自分で「国民文学」という雑誌を立ち上げたのだとか。

自然を讃美する、という意味でのロマン主義は好きだけど、別に恋愛とかには興味ないんですよね、という人のようです。

「昭和文学全集35 昭和詩歌集」には201首が収められていましたが、さもありなん、恋愛の歌は1首もありませんでした。

全201首のうち、「鏡葉」から89首、「冬木原」から112首が収められていました。で、僕の分類では自然詠が69首、生活詠が84首、社会詠が29首、どれにも含まれない思想詠が19首でした。

なので、位置は大体この辺りかな、と思います。

窪田空穂は晩年に「境涯詠」、自分の生涯のことを詠む歌を確立したといわれています。きっと、そのことが「昭和文学全集」に収められた理由なのでしょう。

確かに、自然を詠んだ歌も、生活の中の一コマを詠んだ歌も、どこか哲学的な深みを感じさせるものが多いように感じました。

でも、「明星」的なものが嫌いで哲学的な人、というとなんか物静かで大人で落ち着いた人って感じがするかもしれませんが、人としてはそうでもないようです。

この人は詩人の高村光太郎とすごく仲が良くて、よく一緒に山に登ったりしていたのだとか。で、山小屋で騒いで怒られた、というエピソードが伝わっています。そういうバカな男の子っぽい一面もあるみたいですね。高村光太郎とか、僕の中では与謝野鉄幹と同じくらい壮士というか、マッチョな感性の人のような気がしますが。 

あと、この人は随筆の評判もよく、さらに古典文学の評釈に力を入れたり、長唄を作ったりしたことでも知られていますね。色んな顔がある人です。

さて、窪田空穂は著作権が切れているので、本書に収められた唄の中で僕が特にいいなと思った歌をいくつか紹介します。

晴れわたる青空に向き梅の花白く開けり一つ一つに

星満つる今宵の空の深緑かさなる星に深さ知られず

不生とは不滅の意なり在るものは形を変へて永久に生く

草木や動物、自然の景色、日常のふとした一瞬、それから毎日を生きる中で得た気づき、そんな歌をたくさん詠み、それが最後には哲学と呼べるまでに到達した人、という感じですかね。

僕は、この人のセンスと人となり、すごく好きだなあ。

というわけで、2人目に続く。

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