身体における運動パターン形成 #4 〜ゴルフスイング〜
はじめに
前章では,腕とハンマーの系を二重振り子として観察し,ハンドル部分にアクチュエータ(筋肉)のない劣駆動系(underactuated system)のスイング運動の加速方法について述べてきた.ここでは,同じ二重振り子の系であるが,手首にアクチュエータのあるゴルフスイングの運動パターン形成について考え,アクチュエータの有無に関係なく,内力の伝達がスイング運動のパターン形成に寄与することを示していく.
ゴルフにおけるスイング運動
ハンマー投では両腕とハンマーから構成される二重振り子として観察したが,ゴルフでも同様に,両腕とクラブから構成される二重振り子を考える(図1).
ゴルフスイングをハンマー投と比較すると,出力は小さいが手首とクラブ間で力のモーメント(トルク)を与えることでクラブの回転を制御する.このようなシステムは劣駆動系(underactuated system)に対して,fully-actuated systemと呼ばれる.
ハンマー投ではパラメータ励振(パラメトリック励振)と呼ばれるブランコの加速と同様な加速方法と,スイング運動による加速によって,ハンマーを加速していたが,ゴルフスイングではハンマー投のようにゴルフクラブの引っ張りによるパラメータ励振のような加速ができない(補足1).
しかし,ハンマー投とゴルフでは見た目にはかなり異なるスイング運動に見えるが,どちらも腕とハンマー間に作用する内力(作用・反作用の力)を媒介してエネルギーを腕から道具に伝達することで,スイング運動のパターンが形成されている.
内力については2章「内力による動力伝達」
も参照されたい.
手部まわりの力のモーメント
ゴルフスイングでは,左右の手部から並進の力とトルクの両方がクラブに与えられるが,下肢や体幹まわりの筋肉にと比較して,手首まわりの筋肉のボリュームは明らかに小さく,トルクの出力の大きさは限られている.そこで,実際には左右の並進の力でクラブを押したり引っ張る偶力によって,二重振り子モデルの手部関節回りの力のモーメントを生み出している.
この筋肉が発揮する力と速度には図2のような関係があることが知られていて,運動の速度が速くなるほど筋肉の外部に発揮される力が小さくなる力学的特性がある.これは物理的にみれば速度に比例して抵抗が大きくなる粘性抵抗の性質を示し,この性質により高速な運動ほど筋肉自身の収縮にエネルギーを消失し,筋肉の外部に出力する余力がなることを示している(図2参照,文献1よりを参考に改変).また,これは筋肉に限らずモーターなどの多くのアクチュエータに当てはまる性質である.
この特性から,等尺性(アイソメトリック,isometric)収縮,すなわち動かないか,むしろ伸張性(エキセントリック,eccentric)収縮を行いながら力を発揮するほうが力発揮の観点では大きな効果が得られる.
また,高速に回転するダウンスイング後半では手首のトルク$${\bm{\tau}_2}$$は小さくなり,ほぼ0となる(図3の緑色の曲線).これはクラブが水平になるあたりからインパクトに向かって運動している際に,トルクを発揮したくてもクラブの運動が高速で追いつかず,クラブに対して力を作用させることができない状態である.また,これはゴルフスイングに限った話ではなく,多くの高速なスイング運動で共通する特徴である.
そこで,腕・クラブ間の相対角度の変化が少ないダウンスイング前半では,後述するようにクラブが反対方向に戻ろうとする性質があるため,このクラブの逆回転を防ぐように手首の関節をいわばストッパーのように作用させ,関節を動かさない状態で力発揮に近づけることによって最大限の筋力発揮を行っている.また,このとき「腕とクラブが剛体化(一体化)」し,ひとつの剛体振り子に近づいている状態といえる(図4).
内力を媒介したエネルギー伝達もそうだが,この筋肉のダイナミクスも身体運動のパターン形成において重要な役割を果たしている.ただし,ここではこの程度に話をとどめておく.
ダウンスイング前半:内力を用いたエネルギー蓄積
ここではダウンスイング前半における腕とクラブの剛体化が,クラブへのエネルギー伝達に貢献するメカニズムを述べる.
手部まわりで発揮できる力のモーメント(トルク)は小さくスイングの動力源にはならないので,身体の近位側からエネルギーを伝達することでクラブの速度を大きくすることになる.そこで残るエネルギー伝達手段は内力,すなわちクラブと腕間に作用する作用反作用の力である.そして,そのエネルギー伝達が「力ベクトルと速度ベクトルの内積」で決まる.
内積については,他の章でも取り上げているが,二つのベクトル$${\bm{a},\bm{b}}$$に対する内積$${\bm{a}^T \bm{b}}$$の幾何学的意味については図5を参照されたい.図中に示した式から内積は二つのベクトルの大きさ$${|\bm{a}|, |\bm{b}|}$$となす角度$${\theta}$$に依存し,内積$${\bm{a}^T \bm{b}}$$は二つのベクトルの方向が近いほど大きくなる.このように内積はベクトル間の近さ($${\cos \theta}$$)にも影響を受ける指標でもある.
そこでエネルギー伝達を大きくするために,この内積の性質からベクトルの大きさのみならず,クラブに作用する力ベクトルとクラブのハンドル部分の速度ベクトルの方向の近さが重要である.
そして,二つのベクトルのうち「クラブに作用する力」のほとんどは,ダウンスイング中腕もクラブも高速に回転を行うため向心力でしめられ,シャフト軸方向に沿ってクラブの回転を支える力として機能する(図6黄色矢印).
また,力が作用する位置の「グリップ部の速度」は,ほぼ腕の回転によって決まってしまうので,おおよそ腕に直交する方向を向く(図6水色矢印).
そこでダウンスイング前半では,このようにクラブと腕間の相対角度をおおよそ直角に保ことによって,クラブに作用する向心力と手首の速度ベクトルの向きがおおよそ一致し,腕からクラブのエネルギーの伝達が効率よく行われる.この様子は後ほど示される動画も参照されたい.
図7はプロゴルファーのスイングにおける,腕とクラブ間の相対角度と各角速度変化を示し,ダウンスイング前半では腕とクラブが一体化し,腕の角速度が小さくなり始めてからクラブの角速度が大きくなっていることを示している.
ダウンスイング前半では,クラブが逆回転する力に対抗するように,手首のトルク$${\bm{\tau}_2}$$によるストッパー的な仕事によって腕とクラブを一体化し,クラブと腕間の相対角度を70度近くを維持するように(耐えながら)腕とクラブを一体化し,クラブへのエネルギー伝達を効率よく進めている.
しかし,このままクラブと腕間の角度を直角に保ち続けては,インパクトでボールを目的方向に飛ばすことを考えるとできないので,ダウンスイング後半に蓄積したクラブの力学的エネルギーを回転運動に変換し,腕とクラブ間の相対角度を大きくしてインパクトを迎えていく必要がある.
ダウンスイング後半:自然なスイングと自然なアンコック
スイング運動のメカニズムについて述べる前に,回転の力学について整理をする.前章のハンマー投でも述べたが,クラブの回転の加速(図8の+側:オレンジ色)には,「グリップ側ではヘッド側とは反対方向の加速(力成分)」が必要となる.
ところがエネルギー源である腕の回転は,クラブを腕に対して相対的に前方に回転させる力と,反対方向に戻そうとする次に示す2つの力を作用する.具体的には腕の回転によってハンドル部分には向心力と腕の角加速度が発生し,向心力は腕の軸方向の近位側を向き,角加速度に起因する力は腕の軸に直交する方向に力が作用する(図8).
この角加速度によって発生する力はクラブにとっては逆方向に回転させる力の成分が作用する(図8.赤矢印).このため前節で述べた手部でのストッパー的に抑えるトルク$${\bm{\tau}_2}$$が必要であった.
一方,クラブに作用する力でクラブを順方向に回転させる力が,腕の向心力の成分である(図8.オレンジ色).腕の向心力は腕の軸に沿った方向に力が作用するが,この力はクラブと腕の間に相対角度があれば,クラブを順方向に回転させる力として寄与する.ただし,この向心力は角速度の2乗に比例し,ダウンスイング前半では小さく,スイング後半に次第に大きくなる.
このように,腕の回転によって,ハンドル部分にはクラブを反対方向に戻そうとする力(赤)と,クラブを回転させようとする力(オレンジ)の2種類の力が作用し,これらが次第に拮抗していくのだが,ダウンスイング前半は前者が優勢で,後半向心力によって回転させる力が次第に大きくなり,
を満たすと,クラブの自然な回転(naural uncock)が開始する.
そして,一旦向心力による回転が優勢になると,もはや手でクラブを回そうとしなくても自然にクラブの順回転が優勢となり,クラブは高速に回転していく.クラブを回転させようとあがいても,高速回転のせいで筋肉にはそのような余力はないので,エネルギー伝達をおこなう(力む)フェーズは早めに諦めてしまい,むしろ自然な回転を邪魔をしないのがプロのスイングである.
自然なアンコックの開始条件
ここでは,前節で述べた「自然なクラブの回転開始」の物理条件と,それが実際にどのようなタイミングで起こっているか述べる.
前節の条件を満たすと,自然な回転が始まるわけだが,腕の角加速度を増やし続けている限り,すなわち腕の回転の加速を続けている限りは,逆回転の力が優勢でこの条件を満たさない.
そこで,ダウンスイングの途中で「腕」のトルク$${\bm{\tau}_1}$$の増加を「緩める」ことで(図3),腕の「角速度の最大値」を迎え,そのタイミングで順方向の回転力が逆回転の回転力に対して優位になり,クラブの自然なアンコック開始の力学的な条件になる.図9に腕の角速度とアンコック開始の関係を示した.ただし,腕の回転を無理に止め($${\bm{e}_{t2}^T\bm{\tau}_1 < 0}$$)なくても,加速を緩めるだけで自ら外に飛び出そうとする遠心力によって,クラブは「勝手に腕のエネルギーを吸い取りながら角速度を増す」.
このことをエネルギーベースで考えると,腕の力学的エネルギーはほぼ回転の運動エネルギーがしめているので,「腕の力学的エネルギーが負に転じ始める」タイミングから,腕からクラブへの自然なエネルギーの移動が始まる.
すなわち「自然なアンコック開始」の力学的条件は,「腕の角速度の最大化」または,「腕の力学的エネルギーが負に転じる」タイミングである(文献2).
では,このような自然な回転の開始は一体,どのぐらいの角度で起こっているのだろうか?多くの男子プロの場合,クラブと腕が形成するスイング面をイメージし,そこに円を書くと,おおよそ10から11時ぐらいには自然なアンコックが始まる(図10).そして,そのあとはクラブの運動に任せた自然な回転を行っている.その後のヘッドスピードもほぼ10時ぐらいまでのスイングの努力で決まってしまう.このタイミングは素人からすると,意外に早いと感じる方は多いのではないだろうか.
なお,自然な回転を始めるには,腕の回転を緩めるだけでよく,特に腕の回転を止めるような急ブレーキを掛ける必要は一切ないということにも注意されたい.いったん自然な回転がはじまれば,クラブの自然な運動に任せるのが最も効率が良い.急ブレーキをかければクラブの角速度は増えるが,それにともない腕の回転も止めてしまい,手先だけで打つようなスイングとなってしまい,むしろ結果的にヘッドの速度は小さくなってしまう.
上の動画では,クラブに作用する力ベクトル(黄色:内力),グリップ部分の速度ベクトル(青色)を図の左側に,その二つの内積で決定される腕からクラブに伝達されるエネルギーの時間変化率(マジェンタ)を右側に示した.
回旋運動
本章では内力を媒介したエネルギー伝達がクラブの加速を担うことを述べた.この伝達を効率よくすすめるためには,腕とクラブがあたかも「剛体二重振り子の基準振動ように運動する」ことが課題となる(図11).
しかし,実際のスイング運動は少し複雑な3次元運動をしており,スイング運動中回内・回外や内旋・外旋などの腕の回旋運動がともなっている(図12).これは手とクラブの間の関節に都合よくピンジョイント(蝶番関節)は存在せず,腕や手に解剖学的な拘束のため,このような回旋運動を行うことで二重振り子運動を実現している.
しかし,多くの場合,意識的にこの回旋運動を行っているわけではなく,また教わることなく,むしろクラブの自然な運動に対して腕が引っ張られることで,このような回旋運動が自然に誘発されていると考えられる.もし,勢いよく運動するクラブに逆らって運動を行えば容易に骨折してしまうだろうし,むしろ高速運動中,筋肉の力学的特性から制御する余力がないというのが現状かもしれない.
このことから,我々は運動速度の小さいスイング前半に道具を操り,高速に運動するスイング後半ではむしろ道具に操られながら運動を行っているといえる.
なお,ゴルフスイングでは体幹も回旋運動を行っているが,これも同様に腰を回転させることでエネルギー伝達を行っているのではなく,地面の床反力をクラブへと鉛直方向のエネルギー伝達を行うために,腰や体幹の解剖学的拘束から腰を回転させる動作が自然に発生するだけと考えられる.
腰や肩の回旋運動の連鎖でエネルギーの伝達が行われているように考えがちだが,むしろ解剖学的な拘束から,致し方なく腕や体幹を回旋しているだけと考えたほうが良い.
おわりに
第2章でアクチュエータのない受動歩行の例を取り上げ,この章の冒頭ではハンマー投とゴルフスイングにおける制御論的な違いとして,underactuated system(劣駆動系)とfully-actuated systemについて述べた.しかしどの系でも内力を媒介したエネルギー伝達が運動パターンを形成し,スイング運動が行われている.
また,ゴルフスイングはすべての関節にアクチュエータが存在する点で,投球動作,バッティング動作,そしてテニスやバドミントンなどのスイング運動に近い運動といえる.これらの運動でも同様な運動パターン形成の原理が作用していることが予想される.
これらの運動でアクチュエータの有無に関係なく,内力によるエネルギー伝達が運動パターン形成で重要な役割を果たす理由は,遠位側の筋肉の出力が小さいことと関係している.しかし,サッカーのキック運動のように膝の筋肉の出力が大きい場合でも,スイング運動が行われている理由は,身体にとっては大きい動力源のエネルギーを伝達するほうが効率が良く,膝の関節のトルクは下肢のスイング運動に協調するように仕事をしていると考えられる(文献4).
これらのスイング運動は身体の遠位側で起こる運動パターンである.しかし,スポーツに限らず動力源と操作する部分とは一致せず,離れた部位にエネルギーを伝達するという過程が多くの運動で必要となることから,身体運動においてエネルギー伝達の効率向上という課題はどのような運動でも共通する.また,スポーツではそれが顕在化する.
たとえば,歩行やランニングのような歩容や,垂直跳びのような跳躍運動の運動パターンは,やはり「内力によるエネルギー伝達」と「筋肉の力学的特性」が運動を拘束し,運動連鎖のような共通な運動パターンを形成していると考えられる.これらについては,また機会を改めて述べていく予定である.
補足1:パラメトリック加速
三浦(文献3)は,ゴルフクラブでもブランコと同じ原理でゴルフクラブを加速すると主張し,これをパラメトリック加速と呼び,このことをシミュレーションなどで検証している.この加速方法はハンマー投で利用されているが,ゴルフスイングでは加速には用いられていない.確かにインパクト前に全身で伸び上がるような動作を行うゴルファーもいて,ほとんどのゴルファーは自覚していないが,これは別の目的ための運動である.三浦の研究で検証はシミュレーションだけで行い,エネルギー増加が確認されているが,実はエネルギーは増加しても,インパクト付近での接線方向の速度は全く増大しないためスイング速度には影響しない(文献5).検証不足である.
補足2:単位ベクトル e_t2について
図3で示したベクトル$${\bm{e}_{t2}}$$について説明する.二重振り子モデルにおいて手部と肩関節まわりにはトルクベクトル$${\bm{\tau}_1, \bm{\tau}_2}$$が作用する.そして振り子はほぼ一定の平面内で回転するが,クラブヘッドの速度ベクトルとシャフト軸に垂直な方向をクラブの回転軸として,その軸方向の単位ベクトルを$${\bm{e}_{t2}}$$と定めている.
したがって,この軸方向の単位ベクトルとトルクベクトルの内積で記述される$${\bm{e}_{t2}^T\bm{\tau}_1, \bm{e}_{t2}^T\bm{\tau}_2 }$$は各トルクベクトル$${\bm{\tau}_1, \bm{\tau}_2}$$の3次元成分うち,二重振り子運動(スイング運動)に貢献する方向の成分だけを抽出する意味がある.
参考文献
1)Astrand, P.O. and Rodahl, K. (1986) Textbook of work physiology: Physiological bases of exercise. 3rd Edition, McGraw-Hill, New York. doi:10.2310/6640.2004.00030
2)太田,仰木,澁谷,ゴルフスイングにおける内力を利用したエネルギー伝達,シンポジウム: スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス講演論文集,2012, pp.293-298
3)三浦, ゴルフ・スイングにおけるパラメトリック加速-ヘッド速度を増す力学の知恵-. 日本機械学会ジョイントシンポジ ウム 2006 講演論文集, 2006, pp. 160–163.
4)尾崎,太田,神事,二重振子モデルに基づいたキック動作の数理解析,日本機械学会シンポジウム: スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス講演論文集,2011, pp.453-458
5)太田,持田,ゴルフクラブに作用する左右6分力の高精度計測,日本機械学会 シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス 2018 講演論文集,2018,B-11
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