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身体における運動パターン形成 #2 〜内力による動力伝達〜

エネルギー変化による身体運動の考察

スポーツのような運動では,ボールを遠くに投げたり,速く走るなど,多くの運動で日常の運動よりも大きな出力が必要となる.たとえば投擲で遠くに投げるためには,動力源である筋肉から力学的エネルギーを投射物である末端のボールに効率よく伝達することが求められるが,手先の筋肉は小さく大きな動力源がないので,体幹や脚などの大きな動力源からエネルギーを手先までに伝達する必要がある.

それでは「遠くに投げるためには」どのようなエネルギーの伝達の仕方が必要となるのであろうか?

その答えを探っていく上で,ここに良い一つの例がある.筆者がバイオメカニクスを教わった故小林一敏先生の授業では,次の動画で示すような二重振り子を回しながら

「関節にアクチュエータがなくとも,二重振り子の根本側を振り回せば,関節間に作用する拘束力だけで,先端の振り子を効率よく回すことができる」ということを実演を交えて示し,つまり「筋肉がなくても,身体を動かすことがができる」ことを説明をされていた.もちろん,どこかに動力源は必要であるが,関節しかない構造でも,うまく動力を伝達し効率よく動かすことができることを,この例は示唆している.

もう一つ,より身体運動に近い機械システムの例を取り上げる.

この動画の機械システムは受動歩行と呼ばれ,一切モーターもセンサーも使わず,また制御も行わずに半永久的に歩き続けるロボットである.僅かな下り坂から得られる位置エネルギーだけが動力源なっている(動画は名工大,佐野研究室の受動歩行システム).ちなみにこの,名工大のロボットはギネス世界記録にも認定されたことがある.次の動画も含めてご覧になると,恐らく一般的なヒューマノイドロボットの歩行運動と比べて,かなり自然な歩行運動を行っていることに気がつかれると思う.

先程の二重振り子では振り子の根本に動力源があったが,受動歩行では関節にはモータを使用せずわずかな重力のエネルギー源だけを利用し,しかも制御せずに自律的に歩行の運動パターンが生成されている.このことは受動歩行が非常に効率の良いシステムであることも示している.これらの例からも「できるだけ筋肉を使用しないで,必要な部位に動力を伝達する」ことが,効率と密接に関係し,身体運動における運動パターン生成にとって重要な役割を果たしていることを強く示唆している.

なお,二重振り子や受動歩行の例は,関節などの自由度の数よりもモーターや筋肉などのアクチュエータの数が少ない

関節の自由度 > アクチュエータの数

システムであるが,このようなシステムは制御の立場で劣駆動系と呼ばれる.

ロボットを制御する立場からすると,全ての関節の動かし方を決めてその目標軌道に忠実にアクチュエータを制御するほうが楽なため,全関節にアクチュエータが備わり,すべての自由度を直接制御できるシステムの方が都合が良い.一方,これらの劣駆動系の運動が示していることは,人間が「転ばないように」「目標に向かって正確に」などの制御は行っても,基本的な運動パターンはエネルギー伝達が形成する自然な運動に基づいて作られていることを示唆している.そして,このような制御方法の違いが,ロボットと人間の運動パターンの違いを生み出している理由の一つにあげられる.

そこで,最初に述べた問題設定を少しばかり訂正し,「効率よく遠くに投げるには?」という問題設定とし,この問に対してエネルギーベースで考察を進める.もちろんこの問に対してエネルギーではなく運動量で記述してもよく,力を使って運動方程式という未来の位置や速度を予測する方程式によって記述することもできるし,運動量も時間微分すると運動方程式になるため同様な議論が可能である.しかし,エネルギーの時間変化は力と速度で記述できることから,動力の伝達や効率について考える際にはエネルギーのほうが都合が良いことが多く,ここではエネルギーベースで考察をすすめる.

エネルギーや仕事の時間微分は,一般的にはパワー,または仕事率と呼ばれる.電気回路では電力に相当し,機械工学では動力と呼ばれる.スポーツバイオメカニクスでもパワーという用語が用いられるが,スポーツに限らず,日常用語としてもパワーという用語が曖昧に使用されることがあり,また物理的な意味を明確にするため,ここでは「動力」,または「エネルギーの時間変化」と呼ぶことにする.動力はエネルギーの供給源,すなわち動力源として,エネルギーの時間変化は主として数理的な作用を意図して使用している.

このシリーズ「身体における運動パターン形成」では,工学ではあまり一般的ではないが,エネルギーベースの議論を行い,身体運動において「効率の良いエネルギーの伝達が運動パターン形成に重要な役割を果たしている」ことを示していく.

先細り構造と動力伝達

人間に限らず多くの生物の構造は先細りになっていることが多い.このことは昔からバイオメカニクスでも指摘されてきた.このような構造を採用している理由は恐らく効率や経済性と密接に関係していると考えられるが,ここでは立ち入らない.また,アクチュエータである筋肉は,大きさやその断面積が大きくなるほど高い出力を発揮するが,それにともない手先や足先の遠位側の筋肉のサイズも小さく,大きな出力が期待できない.このため,腕を固定して片手の手首の力だけでゴルフクラブやバットを支えようとするのが困難であることからも,手首まわりの筋力がスイング運動の動力源ではないことも容易にわかる.

このことは少なくとも高速なスイングを行う際には,手首とは異なる場所からのエネルギー伝達が必要となることを示している.バドミントンのように軽いラケットのスイングや,手先になにも持たないバレーボールのアタックでは,ゆっくりした運動であれば腕だけで振り回すことが十分にできるが,より高速にスイングするためには,やはり別の動力源からエネルギーを調達する必要がある.

このエネルギーの伝達がどのような力学メカニズムで行われるのかを,次に考えていきたい.

質点の力学的エネルギー

まず,質点力学的エネルギーを通して,運動の勢いに相当するものを考える.質点とは質量はあるが,大きさを無視した仮想的な物体である.実際には大きさのない「物体」など存在しないのだが,物体の重心に対しては質点の力学法則が成り立つので,ここではまず質点で議論を行う.質量$${m}$$の質点の力学的エネルギー$${E}$$は運動エネルギーと位置エネルギーで構成される.ここで図1のような

図1:質点の力学的エネルギー

1次元の運動を考えれば,力学的エネルギー$${E}$$は

$$
E=\frac{1}{2}m v^2 + m g h
$$

と書くことができる.右辺の第1項は運動エネルギーで$${v}$$は質点の速度である.第2項は重力による位置エネルギーで$${g}$$は重力加速度である.地球上であれば$${g}$$はおおよそ9.8(単位:$${[\mathrm{m/s}^2]}$$)という数値をとる.$${h}$$は質点の高さである.

ここで第1項の運動エネルギーに注目すると速度$${v^2}$$に比例して大きくなることから,速度に対して線形(比例)ではないがエネルギーの変化と物体の速度に関係がある.ただし,位置エネルギーの存在にも注意をしておく必要がある.

剛体の力学的エネルギー

質点では物体の大きさを無視したが,大きさを考慮しその形が変化しない物体を剛体と呼ぶ.ここでは剛体の3次元運動を考え,剛体の力学的エネルギーを示す.

図2:剛体の力学的エネルギー

具体的に図2の質量$${m}$$,慣性モーメント$${\bm{J}}$$の剛体の3次元運動を考え,$${\bm{x},\bm{J}}$$のようにベクトルや行列はイタリック・ボールで記述している.また,慣性モーメント$${\bm{J}}$$は$${3\times3}$$の行列となる.質量$${m}$$は物体の「動かしにくさ」の指標であるが,剛体は物体の大きさを考え「回転」という概念が新たに表れ,慣性モーメント$${\bm{J}}$$はその物体の「回しにくさ」「回りにくさ」を表している.

剛体の力学的エネルギー$${E}$$は次のように定義される.

$$
E=\frac{1}{2}m \bm{v}_g^T \bm{v}_g + \frac{1}{2}\bm{\omega}^T \bm{J} \bm{\omega}- m \bm{g}^T \bm{x}_g
$$

ここで,$${\bm{x}_g}$$は物体の重心の位置ベクトル,$${\bm{v}_g=\dot{\bm{x}}_g=\frac{d \bm{x}_g}{dt}}$$は重心の速度ベクトル,$${\bm{\omega}}$$は物体の角速度ベクトル,$${\bm{g}}$$は重力加速度ベクトルである.また,上付き記号の$${^T}$$はベクトルの転置を意味し,$${\bm{v}_g^T \bm{v}_g, \bm{g}^T {x}_g}$$はベクトルの内積を示している.内積の表記方法については最後の補足1を参照されたい.

この式の右辺の第1項は並進の運動エネルギー,第2項は剛体の回転の運動エネルギー,第3項は位置エネルギーである.

この3次元空間で運動する剛体の力学的エネルギーを,先程扱った質点の力学的エネルギーと比較すると,剛体では物体の大きさを考慮しているため新たに回転という概念が加わり,力学的エネルギーでは第2項の「回転の運動エネルギー」が新たに加わっている.

力学的エネルギー変化を左右するもの

ここまで,質点と剛体の力学的エネルギーの定義を行った.ここでは,剛体に外力が作用する時,その力学的エネルギーの時間変化(時間微分)が,力ベクトルと速度ベクトルの内積になることを示す.

具体的に図2のモデルで考え,剛体にトルクベクトル$${\bm{\tau}}$$と,関節$${j}$$の位置$${\bm{x}_j}$$に力ベクトル$${\bm{F}}$$が作用する時の,力学的エネルギーの時間微分を計算する.ここで,トルクは回転力で,機械系であれば通常モータのようなアクチュエータでトルクを与えるが,人間の場合は筋肉でトルク(力のモーメント)を生成する.

この剛体の力学的エネルギーの増減(時間変化)が何に影響されるかを調べるためにエネルギーの微分を計算すると

$$
\dot{E}=\frac{d E}{dt}= \bm{F}^T \bm{v}_j + \bm{\tau}^T {\bm{\omega}}
$$

を得る.この導出は補足2を参照されたい.ここで,$${\bm{v}_j}$$は重心ではなく,力が作用する位置$${j}$$の速度ベクトルであることに注意されたい.つまりこの剛体のエネルギーの増減は,トルクベクトルと角速度ベクトルの内積$${\bm{\tau}^T \bm{\omega}}$$と,剛体に作用する力ベクトルとその力が作用する位置(ここでは関節位置とした)の速度ベクトルの内積$${\bm{F}^T \bm{v}_j}$$で決まるので,より剛体のエネルギーを増やすためには力やトルクと速度や角速度が大きいほうが良いと言える.

また,力ベクトル$${\bm{F}}$$と速度ベクトル$${\bm{v}}$$は作用する「位置と紐付いた」束縛ベクトルであるが,トルク$${\bm{\tau}}$$と角速度$${\bm{\omega}}$$は「位置と無関係に定まる」自由ベクトルで,トルクについては場所とは無関係に定まり,角速度も剛体全体で同一であることに注意をされたい.

ここで,バイオメカニクスでは,内積$${\bm{F}^T \bm{v}_j}$$をjoint powerまたはforce power,内積$${\bm{\tau}^T \bm{\omega}}$$をmuscle powerまたはmoment powerなどのように呼ばれるが,用語の用い方が文献によってまちまちである.

図3:力ベクトルと速度ベクトルの方向とエネルギー変化の関係

力と速度の積はベクトルの内積で計算されるが,力ベクトルと速度ベクトルの向きが近いほうがエネルギーがより増加することを示している.たとえば,剛体がある方向に速度を持って運動をしているなら,図3(a)のようにその速度方向に対して力を加えることでエネルギーがより増えるが,(b)のように速度方向と直交する方向に力を加えても,それらの内積は零なので効果的なエネルギー増加にならないことを意味している.

トルクや角速度も含めて,力と速度のセットで運動の状態を表すとすると,この運動状態に応じた力の加え方が重要で,効率的なエネルギーの増減は,力ベクトルと速度ベクトルの二つの物理量の状態に依存し,闇雲に力を加えればよいわけではないことがこの例からもわかるだろう.

さて,力学や工学に精通している方は,それは運動方程式で考えれば事足りるので,わざわざエネルギーを持ち出す必要はないのではと,思われる方も多いのではないだろうか.たしかに,運動方程式で剛体に作用する力を考えれば,未来の速度変化を記述することができる.しかし,より効率的な力の加え方については,運動方程式で表現するよりも,ここで示したようにエネルギー変化を力ベクトルと速度ベクトルのセットで記述することで,効率よくエネルギーを増大させるための戦略を議論しやすくなるということを示唆している.

ところで,すでに気づかれている読者もいらっしゃると思うが,エネルギーもその微分もスカラ量であるが,それらはベクトルの内積で記述することができ,特にエネルギー変化も力ベクトルと速度ベクトルの内積で記述されている.今後の議論でも,エネルギーベースの議論でベクトルを用いた議論を活用していく.

機械系と電気系のアナロジー

ところで,電気系の電圧電流の関係は,機械系においても速度に対応するアナロジーが成り立つ.これらの積はパワー(仕事率)であるが,電気系の電圧と電流の積は電力,機械系の力と速度の積は動力である.通常,力学問題は運動方程式を用いて解析を行いたくなるが,このアナロジーを利用して,電気系のコイル,抵抗などの電気素子と同様に,機械系ではバネ(弾性抵抗),ダンパ(粘性抵抗)を機械回路の素子として考え,機械回路のシミュレーションも可能である.同様なアナロジーは流体や熱力学でも成り立つので,機械系,電気系などのが結合したシミュレーションに用いられることもあり,これらの考え方をグラフ表現したのがボンドグラフである.

ここではボンドグラフや機械回路網には立ち入らないが,力と速度の二つの物理量のセットで考えることが基本となる.また,エネルギーの流れを流体の流れとして置き換えることでわかりやすくなるので,別の章ではこの力学的エネルギーの伝達を流体の流れに置き換えて説明する.

ところで,電気回路ではインピーダンス・マッチングを適切に行わなければ,無駄な電力(パワーに相当)を消費したり,計測ができないということに直面するので,電気回路を設計する方は電流と電圧をセットで考えることを常に意識しているのではないだろうか.アナロジーを考えれば,同じことは機械系でも生じるのだが,機械系ではそのことをあまり気にされずに設計されることが多いようである.ただし自転車や自動車のギアチェンジ(てこ比の変換)は,まさに機械系のインピーダンス・マッチングに相当するので,効率よい動力伝送に力と速度が関係することが想像できるだろう.

剛体間のエネルギー伝達

図4:二つの剛体のエネルギー変化

これまでは一つの剛体のエネルギー変化について考えたが,ここでは図4のように二つの剛体が関節を介する相互作用を通して,剛体間の力学的エネルギーの伝達について考えていく.

剛体1の根本側の位置ベクトル$${\bm{x}_1}$$には関節があり,力ベクトル$${\bm{F}_1}$$とトルクベクトル$${\bm{\tau}_1}$$が作用する.剛体1が上腕で,剛体2が前腕,トルクは筋力によって生成される回転力と考えるとわかりやすだろう.

剛体1と2間の位置ベクトル$${\bm{x}_2}$$にも関節,すなわち幾何学的な拘束がある.このとき,この関節をまたいで双方に作用反作用の力が作用するが,この拘束によって発生する力を物理では拘束力,または束縛力と呼ぶ.剛体2の$${\bm{x}_2}$$にある関節にはこの拘束力に相当する力ベクトル$${\bm{F}_2}$$が作用する.なお,この他に筋力によって発生するトルクベクトル$${\bm{\tau}_2}$$も作用する.なお,位置ベクトル$${\bm{x}_1, \bm{x}_2}$$に対応するそれぞれの位置の速度ベクトルを$${\bm{v}_1, \bm{v}_2}$$とする.

このとき剛体2の力学的エネルギーの増減変化$${\dot{E}_2}$$は,先程と同様に,剛体間に作用する2種類の力ベクトルと速度ベクトルの内積

$$
\dot{E}_2= \bm{F}_{2}^T \bm{v}_2 + \bm{\tau}_2^T {\bm{\omega}_2}
$$

で決まる.つまり,いくら剛体を根元側に連ねても(上腕の先の体幹や脚まで考慮しても),最終的には末端の剛体の出口である$${\bm{x}_2}$$に作用する力と速度の内積で,末端の剛体のエネルギー変化$${\dot{E}_2}$$が決まる.

一方,剛体1と2を含めた,このシステム(系とも呼ぶ)全体の力学的エネルギーの変化を調べてみると,

$$
\dot{E}=\dot{E}_1+\dot{E}_2= \bm{F}_{1}^T \bm{v}_1 + \bm{\tau}_1^T {\bm{\omega}_1} + \bm{\tau}_2^T ({\bm{\omega}_2}-{\bm{\omega}_1})
$$

となる.ここで,$${\dot{E}_2}$$に存在した$${\bm{F}_{2}^T \bm{v}_2}$$のエネルギー変化の項はシステム全体のエネルギー変化では消え,剛体間に作用するトルク$${\bm{\tau}_2}$$と剛体1と2の間の相対角速度$${\bm{\omega}_2-\bm{\omega}_1}$$との内積だけがエネルギー変化に寄与している.

この式の導出は文献1を参照されたい.

外力と内力

剛体1と2の全システムのエネルギー変化に注目すると,なぜ$${\bm{F}_{2}^T \bm{v}_2}$$が消えてしまったのだろうか?

また,剛体間に作用するトルク$${\bm{\tau}_2}$$の項に関しては,なぜ剛体1と2の間の相対角速度$${\bm{\omega}_2-\bm{\omega}_1}$$との内積を計算するのであろうか?

まず最初の問について考える.剛体2に作用する力$${\bm{F}_2}$$は剛体1に対して反作用の力$${-\bm{F}_{2}}$$が作用し,エネルギー変化$${\bm{F}_{2}^T \bm{v}_2}$$は剛体1に対しては負の$${-\bm{F}_{2}^T \bm{v}_2}$$だけ変化し,システム全体$${\dot{E}=\dot{E}_1+\dot{E}_2}$$では,差し引きゼロとなるからである.つまり,剛体間に作用する力が作用・反作用の力で互いに反対方向の力として作用するのに対して,関節位置の速度は同一であるため,剛体2に対してエネルギーを増加させた場合は,同じ量だけ剛体1のエネルギーを減少させることになる.

なお,システムのエネルギーの変化に寄与する力を外力と呼ぶが,剛体1と2から構成される全システムでは,力$${\bm{F}_{2}}$$はエネルギー変化に寄与していないので外力ではない.このようにエネルギーや仕事の変化に寄与しない力を力学では内力と呼ぶ.作用反作用の力はシステム内で作用する場合は内力となるが,もしシステムの境界で作用する場合は外力となってしまう.同じ力でもシステムの範囲の定義次第で内力にも外力にもなってしまうことに注意されたい.

さて,内力の物理的意味に関してはこのように明快であるが,実は数理的な定義にはあいまいなところがあるが,現段階では仕事やエネルギー変化に寄与しない力を内力と呼ぶに留める.また,この定義だけから考えると,内力は計算上表れず物理的に意味のない力と思われるかもしれないが,特に運動パターン形成において重要な役割を果たすことを次に説明する.

内力による動力伝達

内力はシステムのエネルギー変化に寄与しないため,ラグランジュの運動方程式のように最小の変数で表現する運動方程式には表れない.

では,内力が全く意味のない物理量かというと,もちろんそのような事はない.システム全体では力学的エネルギーの変化に寄与しないが,剛体2に対して$${\bm{F}_{2}^T \bm{v}_2}$$だけ単位時間あたりの変化を及ぼすとすると,反対に剛体1に対しては$${-\bm{F}_{2}^T \bm{v}_2}$$だけ変化を与えるので,剛体1と2の間でエネルギーの移動が起きている(図5参照).

ここではこのことを,内力による力学的エネルギーの伝達と呼ぶ.

図5:内力によるエネルギーの伝達(赤)と供給・消散(オレンジ)

剛体間が関節という幾何学的拘束によって結びつき,その関節の運動をともなう場合,内力$${\bm{F}_2}$$はシステム全体ではエネルギー変化に寄与しないが,システム内のエネルギーの移動に寄与する.一方,$${\bm{F}_1}$$はシステムの内と外の境界に作用し,システム全体のエネルギー変化(この場合,エネルギーの流入,流出)に寄与する外力で,外力によるネルギー変化をエネルギー供給消散と呼ぶ.

また,この内力によるエネルギーの移動は,運動している間は剛体の力と速度の状態に応じて(ある意味自然に)エネルギーの移動が起こる.ここで力学と流体のアナロジーから,エネルギーを流体の流れと捉えると,剛体1,2間を結ぶエネルギーという流体が流れるトンネルが存在すると想像するのが良い.図5はこのことを示しているが,オレンジ色の矢印は外力による系外からのエネルギー供給,消散(流入出)を,赤色の矢印は内力による系内のエネルギーの移動(伝達)を意味している.図がわかりにくくて恐縮であるが,矢印をエネルギーの流れに見立て,特に赤色のエネルギーは系内の土管(トンネル)内を流れていることを示している.これに対して筋肉はエネルギー供給時にはポンプとみなすことができ,内力によるエネルギーの移動を制御していると考えることができる.

さて,少し後回しになってしまったが,先程の2番めの問いについて考える.剛体間のトルク$${\bm{\tau}_2}$$に関するエネルギー変化の項$${\bm{\tau}_2^T ({\bm{\omega}_2}-{\bm{\omega}_1})}$$を分解すると,剛体1には$${-\bm{\tau}_2^T \bm{\omega}_1}$$だけ,剛体2に対しては$${\bm{\tau}_2^T \bm{\omega}_2}$$だけ変化を及ぼしている.トルク$${\bm{\tau}_2}$$は$${\bm{F}_2}$$と同様に,剛体1と2で作用反作用のトルクとして作用するが,剛体1と剛体2の角速度が異なるため,それぞれの剛体に異なるエネルギー変化を与えている.したがって,トルクに関しては系に対して仕事をすることになり,関節が固定されない限りシステムの見方に関係なく全て外力として作用する.

自然な運動と美学

ここまでに,運動パターンの形成と内力によるエネルギー伝達の関係を論じてきた.内力によるエネルギー伝達が必要となる理由として,ここでは効率や経済性との関連についても述べたが,その「効率の高さ」は身体運動における「無駄の少なさ」と関係しているだろう.そして,恐らくそのような原理に基づいて運動パターン形成をしている生物の運動は自然な運動ともいえる.

また,より「無駄のない動き」や「自然な動き」を行っていると感じているとき,我々は「美しい動き」として感じることもある.特に日本人は「所作」という言葉があるように,動きにおける美学に対して敏感かもしれない.ただし,美学の追求が過度になると,自然な運動を乱すことにも繋がりかねない.

関節の動かし方 vs 動力の伝達の仕方

ロボットの制御方法も多様であるが,ロボットではモータなどのアクチュエータで関節を動かし,関節レベルで制御するほうが容易なため,関節の動かし方に注目しがちである.スポーツバイオメカニクスの研究でも,やはりヒトの関節の動かし方,筋力やトルクの大きさなどに焦点が当てられるこることがほとんどである.しかし,このシリーズでは,関節の動かし方よりも動力伝達や動力生成のための力発揮や速度変化にまず注目する.

物理的には,ここでは回転運動よりも並進運動の力学に着目するといえ,身体運動ではニュートンの運動方程式が運動パターン形成に直接的に関与し,関節の動きに対応するオイラーの運動方程式は,内力のエネルギー伝達に協調的に作用させることが主な役割と考えている.

また,動力の生成や伝達において「速く」運動することはエネルギーを必要な部位に伝達できず,エネルギー消費として失われやすいことに注意が必要である.高速なスイング運動を行う際に,全てのエネルギーが遠位側の手部や足部に届けばよいのだが,実際には多くのエネルギーを失いながら加速させることになる.一方で,動力を生成する側の体幹や脚でも同様である.もちろん動くことは避けられないが,無駄な動きをいかに減らすかという観点が重要である.たとえばゴルフスイングでは,関節の動かし方,すなわち腰の回し方や腕の振り方などに注目しがちであるが,実は無駄に速い回転はエネルギーロスを生み出し,たとえば腰を回すこと自体は動力生成につながるとはかぎらない.動力生成や伝達の結果として,時間的に遅れて関節運動として現れるのであって,単に関節を動かそうとするだけの運動は無駄な動きにつながることもある.

動力伝達のまとめ

エネルギー伝達の視点に立つと,内力,すなわち関節部分に作用する作用反作用の力は,関節をまたいだ部位間の動力伝達媒介を担う.この関節間に作用する力は,機能的にはバイオメカニクスの用語で「関節力」などと呼ばれ,物理的には「作用反作用の力」「相互作用力」「拘束力」(関節などの幾何学的な拘束によって生じる力)に相当するが,「系全体では仕事の変化に寄与しないが,部位内のエネルギー移動に寄与する」という動力伝達の物理的意味として「内力」と呼ぶのが最もふさわしい.

手首などの遠位側の筋肉はボリュームが小さく,高速にスイングする動力源としては脆弱であることを述べた.すると身体全体の系を考えると,バットやラケットなどの道具を加速するためには,関節間に作用する内力を媒介した動力伝達を利用し効率良く伝達することが重要となる.

なお,高速にスイングする場合などでは,手首回りの筋出力の絶対的能力が小さいだけでなく,筋肉自身を収縮するのにエネルギーを使ってしまい,筋肉の外部に発揮する余力がさらに少なくなってしまう性質があることも付け加えておく.これは物理的には粘性抵抗と等価であるが,このことに関しても,別の章で述べることとする.

次章

では,具体的にハンマー投の例を上げ,スイング中に関節に作用する内力ベクトルと関節の速度ベクトルに注目し,ハンマーやゴルフクラブを効率よく加速するメカニズムを示す.

補足1:ベクトルの内積

たとえば縦ベクトル

$$
\bm{a} = \begin{bmatrix} a_x\\a_y\\a_z\end{bmatrix}
$$

の転置$${\bm{a}^T}$$は

$$
\bm{a}^T = \begin{bmatrix} a_x&a_y&a_z\end{bmatrix}
$$

の横ベクトルとなり,縦ベクトルと横ベクトルの積$${\bm{a}^T \bm{a}}$$は

$$
\bm{a}^T \bm{a} =  \begin{bmatrix} a_x&a_y&a_z\end{bmatrix}  \begin{bmatrix} a_x\\a_y\\a_z\end{bmatrix} =a_x^2 + a_y^2 + a_z^2
$$

のようにベクトルの内積を意味する.

補足2:力学的エネルギーの時間変化の導出

図2の剛体の力学的エネルギー変化が外力と速度の内積になることを,知る範囲でどの教科書にも結論しか示されていないので,ここで証明をしておく.

図6:剛体の力学モデル

図2のモデルと同じように,質量$${m}$$,慣性モーメント$${\bm{J}}$$の剛体の3次元運動を考える(図6).$${\bm{x}_g}$$は物体の重心の位置ベクトル,$${\bm{v}_g=\dot{\bm{x}}_g=\frac{d \bm{x}_g}{dt}}$$は重心の速度ベクトル,$${\bm{\omega}}$$は剛体の角速度ベクトル,$${\bm{g}}$$は重力加速度ベクトルである.

また,関節$${j}$$から重心の位置ベクトルを

$$
\bm{l}=\bm{x}_g - \bm{x}_j
$$

のように定義する.すると,重心の位置ベクトル$${\bm{x}_g = \bm{x}_j + \bm{l}}$$と書けるので,重心位置の速度ベクトルは

$$
\bm{v}_g = \dot{\bm{x}}_g = \dot{\bm{x}}_j + \bm{\omega} \times \bm{l} = \bm{v}_j + \bm{\omega} \times \bm{l}
$$

となる.また,この剛体の並進(ニュートン)の運動方程式

$$
m \dot{\bm{v}}_g = \bm{F} + m \bm{g} \\m (\dot{\bm{v}}_g -\bm{g}) = \bm{F}
$$

回転(オイラー)の運動方程式

$$
\bm{J} \dot{\bm{\omega}} + \bm{\omega} \times \bm{J \omega}=\bm{\tau} - \bm{l} \times \bm{F}
$$

を得る.

そこで,剛体の力学的エネルギー$${E}$$

$$
E=\frac{1}{2}m \bm{v}_g^T \bm{v}_g + \frac{1}{2}\bm{\omega}^T \bm{J} \bm{\omega}- m \bm{g}^T \bm{x}_g
$$

を時間微分すると

$$
\dot{E}=m \dot{\bm{v}}_g^T \bm{v}_g + \dot{\bm{\omega}}^T \bm{J} \bm{\omega}- m \bm{g}^T \bm{v}_g \\= m (\dot{\bm{v}}_g -\bm{g})^T \bm{v}_g + \bm{\omega}^T \bm{J} \dot{\bm{\omega}}
$$

となるが,これに先程の並進と回転の運動方程式を使用し,それぞれ$${m \dot{\bm{v}}_g^T}$$,$${\bm{J} \dot{\bm{\omega}}}$$に代入すると

$$
\dot{E}=m (\dot{\bm{v}}_g -\bm{g})^T \bm{v}_g + \bm{\omega}^T \bm{J} \dot{\bm{\omega}}\\=\bm{F}^T \bm{v}_g + \bm{\omega}^T(\bm{\tau} - \bm{l} \times \bm{F} - \bm{\omega} \times \bm{J \omega})
$$

を得る.さらに先程の$${\bm{v}_g=\bm{v}_j + \bm{\omega} \times \bm{l}}$$も代入し,

$$
\dot{E}=\bm{F}^T (\bm{v}_j + \bm{\omega} \times \bm{l})+ \bm{\omega}^T(\bm{\tau} - \bm{l} \times \bm{F} - \bm{\omega} \times \bm{J \omega})
$$

を得るが,ここで,

$$
\bm{F}^T ( \bm{\omega} \times \bm{l}) = \bm{\omega}^T( \bm{l} \times \bm{F}) 
$$

$$
\bm{\omega}^T(\bm{\omega} \times \bm{J \omega})=0
$$

であるため,このモデルの力学的エネルギーの時間変化

$$
\dot{E}=\bm{F}^T \bm{v}_j + \bm{\tau}^T\bm{\omega}
$$

を得る.ここで,右辺の第1項の速度は重心の速度$${\bm{v}_g }$$ではなく,力$${\bm{F}}$$が作用する関節の速度$${\bm{v}_j}$$であることに留意されたい.

参考文献

1)太田 憲,仰木裕嗣,澁谷和宏:二重振子モデルによるゴルフスイングの数理解析,日本機械学会シンポジウム,スポーツアンドヒューマンダイナミクス2011講演論文集,p.447-452, 2011

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