くじらの骨、もしくは夢【ショートストーリー】
「ゲイコツセイブツグンシュウって知ってる」
「え?」
突然投げかけられた耳慣れない言葉。聞けば「鯨骨生物群集」と書くらしい。うーん、なるほど。
「死んだ鯨はね、深海に沈んで他の生き物たちに食べられるの」
何十年もかけて、独特の生態系が出来上がるのよ、と彼女はなぜか誇らしそうに、嬉しそうに言う。
「『イノチはイノチを食べて生きています イノチを食べた私はいつかイノチに食べられる 私が美味しいといいのだけれど』」
「それは?」
「谷川俊太郎の詩だよ」
へーなんて相槌を打つ。
「私はくじらになりたいの」
瞬きした瞬間
目の前に広大な海が広がっていた。
海辺にたたずむ。空も海も澄んだ青だ。
彼女は海へとまっすぐ歩いていく。沖を目指し、迷いなく。
ああ、彼女は深海に行くんだ、と思った。
鯨になるために。
人は鯨にはなれないよ、なんて間の抜けたことを叫んだ。
彼女は海に沈んでいく。
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目が覚めた。
なんだか変な夢を見たようだ。断片的にしか覚えていないが。
ぼんやりとした頭で起き上がり、学校に行く準備を始める。
登校すると、すでに教室に彼女はいた。
おはよう、と挨拶してさっそく夢の話をする。
「そういや、今日夢に出てきたよ」
「へー、どんな?」
「あんまり覚えてないけど、鯨がどうとか、って言ってたような」
「ふーん。あ、そうだ。それで思い出した」
「なに?」
「鯨骨生物群集って知ってる」
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