田中孝幸

国際教養小説「13歳からの地政学」を書いた人。国際政治記者でウィーン特派員。21歳、1…

田中孝幸

国際教養小説「13歳からの地政学」を書いた人。国際政治記者でウィーン特派員。21歳、16歳、3歳の子どもの父親

最近の記事

達人による「『書く力』の教室」

ネットの普及に続くブログサイトの勃興で、不特定多数の人々に対する自己表現の場は一気に広がりました。他のあらゆる技術と同様、文章力を高めるには場数をこなすことが不可欠です。表現の舞台が整ったことによって、これまで世に隠れていた才能が発掘されるのではないかと私は期待してみていました。 ただ、残念ながら値段をつけて売れるようなプロの水準に達した文章の流通量はほとんど変わっていないようです。ネット上ではプロと呼ばれる人々の中にも、素人が握って形が崩れたお寿司を「これが私の個性です。お

    • 紀行文学の話題の「0メートルの旅」の重版を祝い、著者の岡田悠さんにツイッターのSPACEでいろいろ聞くことにしました。旅や育児にご興味ある方はぜひ聴いてみてください。ついでにツイッターのフォローもお願いします https://twitter.com/i/spaces/1MnxnMbbWyYJO

      • 教育本としての「令和版 現代落語論」

        今夏、会社の同僚から「最近出た本で、子どもの教育のためになる本はないでしょうか?何か一冊、お薦めしてください」という問い合わせを受けた。 私はいろいろ考えた。その同僚は経済の専門知識があるので、この分野の本はややこしいことになりそうだ。それにしても良書はたくさんあるが、最近の新刊から一冊を選ぶとなると迷うものがある。回答は長くできないままだった。 でも、先日友人から送られてきたある本を読んだ直後、私は迷いなく彼にメールを書いた。 「お待たせしました。良い本、見つけましたよ。タ

        • 「13歳からの地政学」ができるまで③朝5時の幸福

          「忙しい新聞社に勤めながらどうやって本を書いたのですか?」。最近、本が徐々に知られるようになるにつれ、こういう質問を受けることが増えた。 新聞記者は常にニュースになるほどの面白い話を扱う商売だ。普通の生活をしていては会えないような面白い人と出くわすことも多いが、書籍の刊行に至る記者は意外にも少ない。 たいていの記者はとても忙しく、本を書くためのまとまった時間がとれない。それに出版不況なので、記者が書いた作品に対するニーズも減っている。記者は仕事で文章を書いているので、オフの時

        達人による「『書く力』の教室」

        • 紀行文学の話題の「0メートルの旅」の重版を祝い、著者の岡田悠さんにツイッターのSPACEでいろいろ聞くことにしました。旅や育児にご興味ある方はぜひ聴いてみてください。ついでにツイッターのフォローもお願いします https://twitter.com/i/spaces/1MnxnMbbWyYJO

        • 教育本としての「令和版 現代落語論」

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          「永遠の少年」 私の田原総一朗論

          「田原カフェ」にかねてから興味を持っていた。「もしも田原総一朗が、カフェのマスターになったら」というテーマで、田原さんと主に20人くらいの若者がその時々のゲストを交えて早稲田にある喫茶「ぷらんたん」で議論するというイベントだ。 知ったきっかけは、元ゴールドマンサックスで一昨年に名著「お金のむこうに人がいる」を出した旧知の田内学さんがゲストとして出たことだった。you tubeで視聴すると、そこでは80代後半の田原さんが、40代の田内さんを交えて20代と驚くほど対等に、相互に

          「永遠の少年」 私の田原総一朗論

          地球儀の話③軸がない面白さ

          世界唯一の地球儀の博物館がウィーン中心部にある。展示点数は600を超えるが、大半は近世から現代にいたるまでの地球儀だ。天動説が否定されたのは中世が終わってからのことだから、それより古い品がないのは当然のことではある。 私は3月にウィーンに滞在した次男と共に博物館を訪ねた。一つ、確認したいことがあったからだ。それは「軸がない台座だけの地球儀はどれだけあるか」ということだった。 結論としては、少なくとも展示されていた地球儀は北極点と南極点に軸受をつけてフレームで固定した一般的な型

          地球儀の話③軸がない面白さ

          八重洲本大賞・受賞あいさつ

          以下が3月の八重洲ブックセンターの八重洲本大賞授賞式に寄せた受賞あいさつです。読者の皆様、書店員の皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。 「13歳からの地政学」の著者の田中です。このたびは第5回八重洲本大賞の受賞作に選んでいただき、本当にありがとうございます。身に余る光栄で、感激を新たにしております。また、ウクライナの戦争の対応などで欧州からの一時帰国がかなわず、授賞式に伺えなかったことについて、重ねておわび申し上げます。 八重洲ブックセンターは私が1

          八重洲本大賞・受賞あいさつ

          時流に逆らう芸術 稲田万里著「全部を賭けない恋がはじまれば」を読んで

          ノーベル文学賞の受賞者に、怒られたことがある。それは2016年の春のベルリンで、前年に受賞したベラルーシの作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ氏に会った時だった。ジャーナリスト出身の同氏は第2次大戦で従軍した女性の証言をまとめた「戦争は女の顔をしていない」などの著作で知られる。 「ジャーナリスティックな仕事がノーベル賞受賞という形で認められたことをどう思われますか」。私がそう聞くと、同氏はそれまでの温和な表情を一変させてこう言った。「私が書いているのは新しい文学で、ジャ

          時流に逆らう芸術 稲田万里著「全部を賭けない恋がはじまれば」を読んで

          平凡な男の非凡 スローシャッター考

          紀行文学が陳腐化して久しい。それはもちろん、海外旅行が容易になったことと関係している。 1952年に三島由紀夫が欧米旅行記「アポロの杯」を記したころは観光目的の海外旅行はほとんど認められず、海外旅行は外交官や商社マンなどごく一部の人間の特権だった。それだけに、それを得られた文人は自らの感受性を濫費して異国の体験を味わい尽くし、原稿用紙に向かったものだった。 海外旅行がようやく一般的になった時代に頻繁に海外を訪れた開高健は、アマゾンの奥地やアラスカなどあえてマイナーな地に向かっ

          平凡な男の非凡 スローシャッター考

          地球儀の話①子どもたちと寒さ

          「とうとう俺のアパートも停電になった。だから室内でも気温5度で寒くてジャンパーを着て過ごしているが、友達からは『塹壕で戦っている兵士に比べると楽なんだから文句を言ってはだめ』と怒られた。まだそれほど寒くないが、1月になったら大変だ」 ウクライナの首都キーウにいる友人から、先日、こんなメッセージが届いた。ウクライナではロシアが電力施設をミサイル攻撃しているせいで、電力不足が深刻になっている。しょっちゅう停電が起き、電気が何か月も止まっている街も少なくない。 私はメッセージを読む

          地球儀の話①子どもたちと寒さ

          「13歳からの地政学」ができるまで②2人の息子と地球儀

          私には現在、20歳の長男と15歳の次男がいて、いずれも前妻のところで暮らしている。私にとって最愛の息子たちだ。離婚したのは次男が今の娘くらいのかわいい盛りのころで、別れて暮らすようになった時には本当に身が引き裂かれるような思いだった。でも、その時の自分にはそうするしかなかった。 離婚後もいつでも近くに住む息子たちと会うことができ、定期的に旅行をしたりして親子の時間を確保していたが、ほどなくしてロシアのモスクワに転勤することになった。それで4年半にわたって物理的にもなかなか会

          「13歳からの地政学」ができるまで②2人の息子と地球儀

          「13歳からの地政学」ができるまで①娘の出生

          入社23年目の中年サラリーマンは、追い詰められていた。 長女が生まれたのは2020年4月11日。わずか4日前には新型コロナウイルスの蔓延を受けた最初の緊急事態宣言が発令され、街から人影が一斉に消えた。 新聞社に勤める私は、この年の4月1日をもって1面記事など重要な国際ニュースを取り扱う編集者のポスト(デスク)に異動していた。日本のメディアにおいて国際ニュースの占める比重は年々、増していて、時差のために24時間、気が休まらないこのポストは新聞社の中でも最もきつい激務の一つだった

          「13歳からの地政学」ができるまで①娘の出生