達人による「『書く力』の教室」
ネットの普及に続くブログサイトの勃興で、不特定多数の人々に対する自己表現の場は一気に広がりました。他のあらゆる技術と同様、文章力を高めるには場数をこなすことが不可欠です。表現の舞台が整ったことによって、これまで世に隠れていた才能が発掘されるのではないかと私は期待してみていました。
ただ、残念ながら値段をつけて売れるようなプロの水準に達した文章の流通量はほとんど変わっていないようです。ネット上ではプロと呼ばれる人々の中にも、素人が握って形が崩れたお寿司を「これが私の個性です。おいしそうでしょう」と真顔で出しているようなケースが散見されます。
その背景には、文章をつづるうえでの基本的なマナーが浸透していないことがあります。教育や修練の場が少なく、自己流がまかり通っていることもあります。「これは趣味だからいいんだ。余計なお世話だ」と言う人々の気持ちもわかりますが、アマチュアであっても公開する文章には一定の責任が伴います。せっかく書くのなら、一定の質に達したものを出すのが誰に望ましいのは言うまでもありません。
この「『書く力』の教室」は表現者の基本的なマナーを易しく、きっちり自分にたたきこむための本です。内容はあえて詳しく紹介しませんが、読み終えて私は「ああ、やられた」とうなだれました。本来、これは新聞社のベテラン記者が新人記者に対して書かないといけない本です。(実際、本書の内容の大半は、私が四半世紀の記者生活における多くの失敗と先輩からの口伝で会得したことでした)
本書には「1冊でゼロから達人になる」という副題もついています。「そんなわけないだろう」と警戒したくなりますが、これはけっして過大広告ではありません。もちろん、一回読むだけで達人になれるわけはありません。この本を自分に対するお目付け役としてパソコンのそばに置いて、読んでは書いてみるということを繰り返すうちに達人への道が開ける。この副題はそういう意味です。
何かを表現したいという情熱を抱えているすべての人に、この本を強くお薦めします。懐がさみしい人も、1食か2食抜いて買いましょう。その価値はあります。
追記 これを読んだら、ぜひ古賀史健さんの「取材・執筆・推敲」を読んでみてください。私が常に机に置いているのは、この2冊です。