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名前のない木 22章


祖母の告白

祖母は全く忘れていなかった。
それどころか、あの日何が起こったかを誰よりも克明に説明してくれた。

その内容は、母、父が話してくれた内容を裏付けし補完するものだったので、ここでは割愛する。
正直なところ、相違点や矛盾点が見つかり、祖母、父、母、それぞれの記憶内容の比較検証をすることを私は覚悟していたので、驚きだった。

しかし、この整合性の連続は、”適当に拾ったパズルのピースが、次々と狙ったところに嵌っていく”感覚であり、私は自然と笑顔になっていた。

私が祖母から最も聞きたかった部分は、

台風の次の日の早朝に母屋にいた「住職」の存在について

である。

住職に関しては、今日の朝、自宅を出る前に父と母に確認したが、
「来ていたことさえ知らなかった」父。
「来ていたことは知っていたが、理由は聞かされなかった」母。

つまり、亡くなった祖父以外では、祖母だけが頼りなのである。

本来の「記録のための録音」で、数年前からこの住職にアポ取りの打診をしているのだが、体を壊して若い副住職に引き継いでからは、「半隠居状態で日本中を行脚している」との説明もあり、なかなかスケジュールが合わない。会うどころか、電話で話をすることさえできずにいた。

住職は私と会ったさいに『台風の日の質問をされること』を察し、ノラリクラリと言い訳をして逃げているのではないか、という仮説さえ立てている。

そうであるならば、「祖母から話を全て聞いた」と住職に伝えれば、私と会うことから逃げる理由がなくなるのではないか、というのも狙いであった。

「ばあちゃん、ずっと話をさせちゃったけど疲れてない?」と労わる。

祖母が腰かけている年季が入っている椅子。これは実家から引っ越すさいに持ち込んだもので、思い入れがあるようだ。
そのすぐそばにあるサイドテーブルの上には、電気ポットと湯飲みが置いてある。
ポットのスイッチを入れ温めると、祖母の湯飲みに白湯を入れる。

「大丈夫だよ。昔のことを思い出しながら喋るのは、当時に戻ったような気持ちになれて嬉しいからねぇ」

祖母は白湯をゆっくりと口に含み、自分の言葉に、コックリとうなづく。

「それでさ、台風が過ぎ去った次の日の朝に住職が来て、回廊のところで自分とも鉢合わせしたんだよね?」

「そうだったねぇ、急に出てきたから驚いたよ、話題をしてたタイミングだったもんでねぇ」

「やっぱりあのクヌギの木で亡くなった人の供養に来てたの?」

いきなり核心に触れる質問をぶつける。祖母の体力の心配もあったからだ。

「あぁ、それもそうだけど、、、
 むしろ〇〇(先祖の名前)さまの弔いのためだねぇ。」



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