見出し画像

農薬とオーガニックの真実


<農薬とオーガニックの真実>

「地球(環境)に優しいオーガニック食材を子供たちに!」といったようなスローガンが叫ばれるが、彼らはたいてい日本では有機栽培では農薬の使用量や回数に制限がないことを知らない。日本で無農薬栽培をしようにも、山奥ではない限り、隣には慣行栽培や有機栽培の畑が並ぶことになる。そこから農薬が飛んでくることはよく知られており、数kmまで風に乗って運ばれていることが確認されている。日本の法律では農薬を使用している慣行栽培の畑と1m離れていれば、有機栽培として認定されるのも、オーガニックを過度に信仰する人々は知らない。

もし、あなたがバリバリの理系の人なら「オーガニック」という言葉に違和感を感じているだろう。オーガニックという言葉は日本語で「有機」と訳され、有機の機は「炭素」という意味で、炭素が含まれていること、もしくは炭素と繋がっていることを意味する。つまり化学用語では炭素化合物と呼ぶ。(ただし二酸化炭素や炭酸カルシウムなど例外も存在する)

なので厳密に言えば石油も石炭も、そしてそれらから製造される製品も有機物と呼ぶことができる。慣行栽培で使用されている農薬のうち石油由来のものも有機物と呼ぶことも間違いではない。毒性を発揮する成分には植物由来のものも少なくない。化成肥料もまたもともと生物だった天然ガスとリン・カリ鉱石から作られる。販売される肥料には炭素が含まれていないので無機物だが。有機堆肥はもちろん有機物だが、有機栽培の農薬は鉱物由来の無機物である。もうどっちがオーガニックなのかよく分からないだろう。

ここから分かるように有機物だからと言って生命であるとは限らない。しかし、地球上の生命には必ず炭素を骨格として構成されている。だから、無機物には生命は宿らない。そのためオーガニックには「命」や「生命」につながるイメージが強い。しかし、無機物から生命は養分を獲得し、成長も繁栄もする。地球の生物たちにとって有機物だろうが、無機物だろうが関係ない。利用することができれば、生き残ることができれば構わないようだ。しかしだからといって、どちらの農薬も生命に危害を加える事実は変わらない。

日本では収穫後に防カビ剤などをかけるポストハーベストは禁止されている。しかし海外から運んでいる際にカビが発生してしまうため、輸入品には使われることがある。1975年、アメリカから輸入された柑橘類から防カビ剤のOPPが多量に検出されたため、すべて海洋に破棄された事件があった。そこでアメリカ政府から抗議が起きると、1977年にOPPは「食品添加物」と分類することに決定した。食品添加物なら農薬ではないので使用可能というのだ。

そのため食品表示法によって袋詰めされている場合はその農薬名が表示されるが、バラ売りで売られている場合は表示義務がない。またポストハーベストがされた食材を加工した場合は表示義務が必要ない。そのため、輸入小麦にグリホサートが散布されていても分かる術はない。ちなみに国産や有機小麦(輸入品も)には今のところ、使用されていない。

EUでは年々、農薬の規制が強まってきて有機栽培への切り替えが進められている。東南アジアでもその動きが始まっている。タイでも除草剤のパラコート、殺虫剤のクロルピリポスとグリホサートについて健康への悪影響が懸念されるとしてタイ政府は2019年に使用、製造、輸出入、所有を禁止する決定を下している。しかし、さまざまな業界からの反対があり、グリホサートだけは使用継続となった。

農薬は現代医療の薬と同じように考えられるが、違う点も多い。たとえば医療薬は人体内という閉鎖系で使われるのに対して、農薬は野外という開放系で使われるため、周囲の影響を及ぼす範囲が違いすぎる。そのため、発がん性や急性毒性はもちろんのこと、土壌や野菜内での残留性、魚毒性、有用生物に対する安全性など環境に関連する様々なチェック項目が設けられており、クリアされない限り登録されない。しかし残念なことに日本の基準は世界的には緩いほうである。

ただし医療薬と同様に長期的な慢性毒性は調査されない。またミツバチなどの有用生物だけであり、関係なさそうな生物への影響は調査されていない。もちろん、調査するだけでも大変な微生物への影響はほとんど調べられていない。

水溶性の物質は尿によって体外に排出されるが、脂溶性の物質は生物の脂肪組織に蓄えられやすいだけではなく、土壌中においても有機物に吸着されて安定的に存在し、食物連鎖によって生物体内に蓄積されていく。開放系で用いられる薬において重要なのは天然かどうか毒性が高いかどうかではなく、生物濃縮するかしないかのほうが重要だ。

沈黙の春で警告されたように、食物連鎖のことを考えると不十分なような気がしないだろうか。沈黙の春によって農薬の危険性が知れ渡り、世界的に禁止されたDDTは世界で累計一億人以上もの命を救ったマラリアへ有効な対策だった。そのためWHOは今でも屋内に限定して特例的に使用を認めている。

もし、オーガニックが日本でも普及すると水溶性の農薬がほぼ無制限に利用されることを考えると、日本全体の農薬使用量と畑周辺の生物への悪影響は増える可能性が高い。雨によって地下水に流れ込み、川へと流れ込み、海へとたどり着くことを考えれば新しい環境問題を生み出すことが想像できる。

虫の新種が多く発見される土地はアマゾンの奥地など、まだ研究と調査が十分に行われていないところである。しかし、それはまだ見つかっていなかっただけであり、ずっと昔から生きていた種だ。それに対して、本当の意味で新しく進化した種が見つかるのは農業の現場だ。

近年、農薬が効かないハイブリット種の誕生が農業界で多数報告されている。農薬が効かない種の誕生は農薬によるストレスが突然変異を促して誕生することは生物学では有名な話だ。抗生物質が効かない菌がそれを多く処方する病院内で誕生するように。そして、その新しい種に対抗するための農薬が開発され、それはまた新しい種を誕生させる。その新種の遺伝子を組み込むのが遺伝子組み換えダイズやトウモロコシである。

農薬はたった一つの種だけを殺すことができないため、資源の競争相手も殺してしまい、新しい種は資源を独占し一気に繁栄する。農薬は新しい種を誕生させて、繁栄させる手助けとなる。またバクテリアは近縁種間での遺伝子交換(水平伝播)によって、その農薬耐性を一気に広めてしまう。そのバクテリアが昆虫内で共生関係を結び、昆虫の進化を促す可能性もあるという。

どの農薬でも根本療法ではなく対処療法であり、解決策ではなく一時的な回避策であり、現在の世代にとっては救世主だが未来の世代にとっては有効な選択肢をひとつずつ潰しているだけに過ぎない。使えば使うほど生物多様性を失い、無農薬栽培への可能性を減らしていき、農薬への依存度が増していく。

代替農薬の主役は害虫の遺伝子の働きを止めてしまうRNA農薬というものが現在、開発・研究されている。もちろん現在は開発段階だが、遺伝子組み換え技術が開放系で使用されることが、周囲への影響は十分に研究・調査されることはないだろう。いちいち周囲の生物の遺伝子を全て調べることがコストに見合うとは思えない。これが将来的に有機栽培に認められることになったら、それは自然の摂理に従っていると言えるのだろうか?

日本で有機肥料を使えば、必ず虫がつき、下手すれば野菜は全滅してしまうか、農家が手作業で追い払うために野菜が高騰するか農家が疲弊するかどちらかだろう。限られた耕作面積と人員で最大収量を目指す農業の世界では農薬は必要不可欠になるだろう。

その中で慣行栽培や有機栽培に比べて収量は減るが、農薬と肥料・堆肥を使用せず、虫による被害がほとんどないように自然の摂理と人間の都合に折り合いをつけているのが、自然栽培だ。日本の農業界は自然栽培を広めていくことが、現代においても未来においても希望の光となるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?