見出し画像

虫が作り出す生物多様性とバランス


<虫が作り出す生物多様性とバランス>

本来、地球の生物は食べることと排泄することで動的平衡を保っている。循環があるからこそ、多くの生命を育むことができる。チッソを貯めることも、糖を貯めることもない。

しかし、何かの都合で溜め込んでしまったものは、何かの方法で排泄して巡らせるしかない。そのために植物は虫を呼ぶのである。虫は人間のように眼で植物の形や色を見ているのではなく、虫は植物が作り出す化学物質に引き寄せられてやってくることを忘れてはいけない。

虫は人間のように植物を見て見分けることができない。匂いに引き寄せられてやってくる。植物が虫を必要としているのだ。未熟な堆肥や過度な養分が体内に溜まってしまうとそれを排泄するために虫を呼び寄せる。すべてのものは留まると腐る。清き水も溜め込めば腐るように。

その行為は捨て身であり、命をかけた行為でもある。それほど窮地に追いやられているのだろう。溜め込むとはそういうことなのだ。

春の貴重な作物であるソラマメやエンドウにはよくアブラムシがつく。雑草のカラスノエンドウにもよくついている。農家にとっては困り者である。農家には迷惑がられるアブラムシは生物学では「陸上のプランクトン」と呼ばれる。アブラムシは必須アミノ酸を合成する共生菌を体内に持っているため、植物内に管を差し込み栄養分の豊富な汁を吸っている。そのため生まれてから1週間で成虫になり、十日もあれば一生を終える。1年あれば18世代もの子孫を生み出すことができる。

アブラムシはクローン生殖でも増えるし、交尾して子供を生むこともできる。クローンは兵隊アブラムシと呼ばれ、成長することなくただただ仲間のために敵と戦う。兵隊といっても倒せる敵はわずかで、その多くが天敵に食べられてしまう運命にある。

雑草の様子を見ていると、アブラムシがついているものとついていないものがあるのがわかるだろう。栄養過多な植物ばかりではなく、栄養が足りていない植物にもアブラムシはついているようだ。

アブラムシがよくつくのはマメ科の植物である。しかも茎の先端(新芽)ばかりだ。マメ科はこの部分を虫に食べられると、この茎を諦めて新しい脇芽を出して成長する。脇芽を出すということは側根を増やしているということだ。側根にはチッソ固定菌が住み着いている。そのおかげで、マメ科は多くのチッソを獲得し、タンパク質豊富な種子をたくさん残すことができる。

さらに多くの栄養分を吸えて増えたアブラムシは陸上の多くの肉食昆虫のエサとなり、肉食昆虫は畑の害虫たちを食べていく。増えた肉食昆虫は小型の爬虫類や小鳥の餌となり、彼らは畑の害虫もついでに食べてくれる。そして食物連鎖ネットワークに沿って、大型の獣たちにも栄養が行き渡る。それにはもちろんヒトも含まれている。

昆虫にしろ、獣にしろ、その死体と排泄物は他の生命の糧となり、大地に還元され、植物はその栄養分を吸い込み、成長し、種子をつける。アブラムシはまるで「まともな国税庁」のように過度に溜め込んだ富を吸い上げて、幅広く分配しているようだ。その嗅覚はあなどれないし、見習ってほしいものだ。

虫は土のステージに合っていない植物を食べて、大地に還していく。するとその土のステージに合った植物だけが生き残る。「過ぎたるは及ばざるが如し」という格言はアブラムシにも通用するらしい。

これはアブラムシだけに限った話ではない。カメムシは植物が体内に溜め込み過ぎた糖分を吸いにやってくる。化成肥料や過度な堆肥で育てると菌根菌と共生する必要がなくなり、本来なら菌根菌にあげるはずの糖分が体内にどんどん溜まってしまう。カメムシはその溜め込まれた糖分を狙ってやってくる。そして、カメムシもまた一気に増殖し、一気に天敵に食べられることで糖分つまり炭水化物を分配する。

本来、カメムシはイネ科やキク科などの植物の種子を好む。1年間雑草を観察してみれば、カメムシが大量に発生する梅雨時と秋には何かしらの雑草の種子があり、それを食べにきていることが分かるだろう。人間はそれらをせっせと草刈りをしてしまうからこそ、カメムシは生き残るために野菜や穀物の種子に飛びつくのである。

ダイズやアズキの害虫として知られているホソヘリカメムシは葉っぱばかりか実からも糖分を吸ってしまうため、収量が一気に落ちるため、大変嫌われている虫の一つだ。しかし、最新の研究でわかってきたのは彼らの体内に住む共生微生物が農薬を分解して栄養としているということだ。つまりホソヘリカメムシは人間がせっせと撒いた農薬を体内に取り込んで、腸活をしているのかもしれない。そして分解された農薬は団粒構造の土として排泄される。

根を食べることで嫌われるネキリムシは実はいやいや野菜の根を食べている。本来彼らは枯れた植物の死んだ根を食べる。それならば植物が毒を送り込んでこないからだ。しかし、雑草を生やしていなかったり根ごと取り除いている畑では死んだ根がないために、いやいや生きている植物の根を食べている。土の養分をすべて野菜だけに吸わせようとし、雑草を敵として徹底的に取り除いてしまえば、ネキリムシは仕方なく野菜を食べてしまう。

過去に動物性堆肥が過度に施肥されたところにはヨトウムシが住み着いて、夜な夜な野菜の芽を食べてしまう。詳細な仕組みは分かっていないが、動物性堆肥は土中微生物の偏りを産むことから、ヨトウムシがバランスを取り戻そうとしているのかもしれない。もちろん余分な養分を体内に溜め込み、天敵に食べられることで他の生物に分配している。

江戸時代の百姓たちが欲を捨てて謙虚な気持ちで畑と向き合うことを農書を通じて説いたのは、多く収穫しようとして大量の堆肥を撒けば虫害による災害を引き寄せていく様子を見てきたからだろう。

生物多様性の世界では何か一つの種だけが繁栄することはあり得ない。それを実現するための働いているのがどうやら私たちが「害虫」と呼んでいる虫たちだ。虫は植物を食べることで土を作り、自然遷移をコントロールし、生物多様性を作り出しているように見える。虫は神さまの使者と考えている自然農法家は多いのはそのためだろう。

私たちにできることは生物多様性の環境を整えることだけだ。もともとある凸凹の地形を生かし、さまざまな植物と虫が生息し、鳥や獣が暮らす環境、つまり昔ながらの里山である。そうなれば四季を通じて、さまざまな鳥がやってくることになる。あまり観察することはできないが、土中内生物の多様性が育まれば虫害予防に大きな貢献をしてくれる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?