小説「アップバオー美術探訪のピラテゥスドラゴン」 第8話
結論から言えば、わたしたちがドラゴンだと気が付いておばあさんは殴ったわけではなかった。おばあさんは、単にべろべろに酔っぱらっていたのだ。この界隈では、よっぱらって暴れる人として有名だったらしい。ただ、わたしは、わたしの落ち度がこの自体を招いたと間違って瞬発的に察してしまった。
鼻先はドラゴンのままだ。おばあさんはそれを見て、わざと驚いている演技でもしているかのように目を大きく見開き、口を大きくあげて叫んだ。
「ああああああああああああぁぁぁぁああああああ」
店の中は、まずおばあさんに驚いてざわついた。そして、その次にわたしに気が付いた人たちから声がどんどん大きくなり、波のような叫びが広がった。ジャンはわたしを隠したが手遅れだった。わたしは、極度の緊張と自分への落胆とはじめて聞く人間の叫び声にこころが耐えられなくなり、ぶるぶると震えだした。うごくと危ないと判断したのはよいことだったと思う。しかし、次の瞬間店の中で変身が解けてしまった。
その極端な大きさの変化により、周りにあった机や椅子が勢いよく吹き飛んだ。一瞬わたしは冷静になったが、壁に突き刺さった椅子をみてまた動揺した。まわりの人々は叫びながら出口に群がっている。わたしは何もかもどうでもよくなり、壁をこわしそのままそとに出た。ジャンは人間の姿のまま、そこに立ち尽くしていた。かれには追ってくる気配が無かった。わたしは、それを気に留めず、虚無なこころを持ったまま、何もかんがえずに一直線に進んだ。
道があろうがなかろうが、とにかく一直線にすすんだ。人間が敷いたシステムに従うのがとても嫌だった。ただただ、前に進んでいったら少し遠くのほうに、高い建物が見えた。とりあえずそこを目指すことにした。
有り余るドラゴンの力で、建物を取り壊し、握り潰し、さぞ外からみたら爽快もしくは戦慄の走る光景だったと思うが、わたしにはなんの爽快感も愉快さも訪れなかった。ただただ、ここにいることの不快さが街のかかえた痒みを掻くように、街の表面を削らさせた。
一時間ほど街の表面を削り取ったところで、わたしは塔のある教会にぶつかり止まった。いや、とまる必要は無かったが止まることにした。とくに意識もせず教会の建物を半分ほど崩してしまっていた。
そして、わたしは自分の心臓が小さく縮んで行くような感覚を持った。意識があるものに奪われ、ほかの感覚が無くなり、その視線にあるものに神経が集中すると、わたしは人間に変化していた。
わたしは、崩れた教会の中に、一枚の絵を見た。
これがわたしの美術への探求の始まりだった。
そういえば、わたしは自分の名前をまだ見つけられていなかった、とふと思った。
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