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小説「アップバオー美術探訪のピラテゥスドラゴン」 第3話

 洞窟での生活も、正確に数えられていわたけではないが、二度の冬を経験した記憶がある。おそらく1年と少しが経った頃には、自分が生まれた場所の周辺から離れたことがないのに疑問を持ち始めた。結局のところ、半径50メートル以内の範囲で殆どのことが事足り、そこから離れる必要性は無いと言ってもよい状態ではあった。しかし、わたしの脳みそが重くなるにつれ、周囲にある謎が、わたしを外に引っ張り出そうとしている気がした。

 洞窟内には自然物以外のもの、簡単に言えば、人の手によって造られた物があった。

 最も奥の部屋には、相当数の宝石や金や銀で造られたものが、壁の岩のでっぱりに均等に陳列されていた。

 陳列という状態がわたしにはとても不思議に見えた。

 石や岩が単純に落ちてバラバラと転がったのと違うその配置に、引っかかりを感じていた。その部屋の天井には鹿の頭が丁度通るくらいの丸い穴が開いており、昼間に差す日光の角度によってはそれらの宝石が輝き、洞窟内が急に明るくなった。
 
 その部屋が光で照らされ、少し明るい時には、その部屋の中にある数冊の本を眺めた。もちろん、字など読めるわけではないが、文字の形をじっくりと見ているとうっとりとした。その線の流れからは、自分以外の存在が意識を持って何かをしている気配が感じられ、安堵した。これらの自分の中から外れた意思のようなものが、わたしを強烈に惹きつけた。

 地上に意思を持つ存在はわたしのみである。

と幼いわたしは強く信じていた。

 そして、であるが故に、それを証明するように、毎日ありったけの大声を出すことが習慣になった。わたしは、1人であるから、それを聞く者など誰もいないのだと心底思っていた。

 それは今思うとかなりの矛盾を内包した行為であったが、赤子が物心つく前に泣くように、設計された、生物としての営みだったのかもしれない。

 振り返ってみると、結局のところわたしの生物としての本能がわたしを洞窟の外に連れ出すことになったようだ。

 わたしはこの半年後に洞窟を離れ人里に降りる。


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