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小説「アップバオー美術探訪のピラテゥスドラゴン」 第7話


分厚い色ガラスのついた重そうな扉を開けると、そこには美しいほほえみを顔にまとったおばあさんがいた。しわが増え、髪が白くなると人間は、成体でも歳をとったものだと認識されると学んだ。ただ、わたしはそのほほえみの美しさに、たらふくご飯を食べたあとの幸せな気持ちを重ね合わせ、わたしの中で再現されうる幸せの感情と、彼女の持つ幸せの感情を同じものだと考えることにした。これが、おそらくわたしの中で人間の感情についてかんがえた最初の出来事であると思う。

その自分の幸せな感情を自分でも驚くほど自然に顔の面に表現をしながら、そのおばあさんに話しかけた。

「わたしのあたまのサイズに丁度合う縁の広い帽子を見繕ってくれませんか?」

わたしはなかなかいい問いかけをしたと、満足をしながらおばあさんの反応を待った。おばあさんはそのまま朗らかに、わたしに話しているような、独り言をしているようなそんな話し方で、相手にかける質問でも、思案にふけるような話でもないような内容をつぶやきながら、ゆっくりと店の中をまわっていた。

暫く経って、急に鮮烈におばあさんの目線が、わたしの目に突き刺さった。わたしは少したじろいだが、ふっとおばあさんの顔には、微笑みが携えられた。

「ガフ」

わたしは、極々小さな唸り声で、ジャンに少し怖いと訴えた。
ジャンは本気でそう思っているのか、ただ冷静を装っているだけなのかわからないが、大丈夫だとジェスチャーをした。

結局、わたしにはよくわからないセンスの帽子を流れで買うことになるのだが、それを裏返してながめて見ると、真ん中がくぼんでいて、なんだか洞窟の巣みたいだと心が落ち着いた。

今日の修練はおおよそ終わりだ。

少し暗くなってしまったが、これから宿をとり、そして夕食を食べに行く。宿はジャンは何度も泊まっているところらしかった。何を見ても新鮮に新しく感じるわたしは、もうすでにその動きすぎる感情に疲れはててしまって、少し無感動になりつつあった。その疲れを蓄えたまま、大きな肉を食うというので、ふらふらと帽子屋のおばあさんおすすめのレストランに向かった。
店の中は、適度に空いていて居て、とても居心地がよかった。ジャンが肉を注文し、彼は赤ワインをわたしはミルクティーを頼んだ。ミルクティーはジャンが一度作ってくれたことがあるので、人間界の飲み物で唯一飲んだことのあるものだ。そんな状況なので、すきなものという選択肢の中に、一分の一の確率で入ってしまった。 

メニューの字は読めるし、理解もできるのだけれど、やはりそれの何かよいのかわからないものが多く、適当に注文をすることにした。ソースの違いや、付け合わせの違い、また焼き方の違いなどわたしは同じ肉だと思ってしまっていたのだ。

その肉が来るのを待っていると、店の扉が勢いよく開き、あのおばあさんが入って来た。

そして、走る手前のスピードで、異常に早く、そして躊躇無くわたしたちのテーブルに近づいてきた。

彼女は急に、持っていた杖でわたしを殴った。

二回殴った。

わたしは驚いて、殴られた鼻先の変身が解けてしまった。


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