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小説「アップバオー美術探訪のピラテゥスドラゴン」 第4話

 わたしは、毎日寝るように、そして毎日起きるように、当たり前のように叫ぶようになっていた。そう毎日叫んでいると、わたしなりの興を見つけ出していた。
 
 低音を出すようにしてみたり、高音を出すようにしてみたり、はたまた歯の裏に音を当てるようにしてみたり、一緒に舌をふるわせてみたり、鼻から音を出そうとしてみたり。それらの音の試行錯誤がその当時のわたしにとっての自我ということだったのだ。

 ある日、洞窟の外から急にドスンと鈍い音がした。

 わたしは、何かの影響で日々の生活に通常から外れたことが起こることをまったく想像していなかった。おそるおそる入口の方に近づくと、おおきなものが外から入る光をふさいでいた。

 逆光でシルエットのみが浮かび上がっているものを凝視すると、そこには硬そうな、柔らかそうな、それでいて、優しそうな、その時の感覚に厳密に沿って表現するなら、水面に映る自分に似た存在がそこにいた。
 
 一匹のドラゴンがそこにいたのだ。赤とも黒とも、緑ともいえないような色をしていて、何かわたしを強く惹きつける容貌をしていた。わたしは驚きながらも、それから目をはなすことができずいた。

 しばらく沈黙があったのち、そんなわたしを見かねてか、そのドラゴンはとても嬉しそうに口笛を切った。
 
「ぐぅるりるううるううぐるううう」
そう聞えたそれは、わたしには「よかった、無事にうまれていたのだね。」と理解できた。

 その後も「ぎりいぬんめぬぬぅぶるるうんがぃ」と聞えたそれは、「わたしは、あなたの兄なのだよ。」と理解ができた。

 言葉というものを理解した経験は無かったが、彼の言うことはどうやらわたしにはわかるらしかった。その理解できるということが、わたしに彼が兄ではないという疑念をいだかせなかった。

 それから、彼に様々な話を聞いた。わたしには、あと3匹の兄弟がいるらしいこと、そして、父と母の行方はわからないということ。定期的に、この洞窟を見に来ていたということ。そして、わたしの叫びが彼を呼んだということ。そして、父と母ができないならば、彼が一人前のドラゴンたる知識をわたしに授けてくれるつもりであること。

 わたしは、他人の面倒をみようとする責任感をはじめて体に浴びて、すこし困惑した。しかし、わたしは彼のことばに甘え、それから少しの間、彼と洞窟で暮らすことになった。

 はじめに彼は、わたしにどういうふうに洞窟で生きてきたか丁寧に尋ねた。その作法が思ったよりも彼のお眼鏡にかなったようだった。生き物として必要な技術や考え方にそこまで不足した部分がなかったらしかったが、1週間ほどかけて補完するべきところを学んだ。

 その次に彼は、人間界のことについて教えだした。彼は、自然の中で暮らすのが半分、人間界にまぎれて暮らすのが半分という生活をしているらしかった。もしかしたら、両親が人間界にいるかもしれないと考えていることもそんな生活をする理由のひとつらしかった。

 わたしは、彼から人の暮らす街という概念を教わり、そして人間の言葉を学びはじめた。それには、宝石とともに奥の間にあった本が役にたった。最初は、相手がいてそれとしゃべるというときに適切な音量がわからなかったので、それに苦労したが、彼は辛抱づよくわたしに言語を教育してくれた。彼はもうすでに40歳を超えているらしく、様々な土地で様々なことばと使い生活をし、フランス語とドイツ語に堪能だった。

 彼の辛抱強さと伸び盛りのおおきな頭のおかげで、4か月が経つころにはその2つとも堪能になっていた。


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